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【新連載エッセィ】森博嗣「静かに生きて考える」第1回

第1回 やかましい世の中でも静かに生きたい


BEST TIMES人気連載だった森博嗣先生の「道なき未知 Uncharted Unknown。不可解な時代を生き抜く智恵や考え方を教えていただきました。同タイトルで書籍化され、多くの読者の心を掴みました。あれからもうすぐ5年。新型コロナ感染の流行、ロシアのウクライナ侵攻、経済格差の広がりやポリコレ騒ぎの数々・・・時代はさらに不確実で不安定で物騒になってきた、といわれています。そんな時だからこそ、森先生のお話を静かに聴いてみたい。そして世の中を落ち着いて観察してみたい。浮き足立つ時代にほんとうに大事な生きる構えとは何かを知るために・・・。あたらしい連載エッセィがスタートです。


 

第1回 やかましい世の中でも静かに生きたい

 

【静かな日常の具体例】

 

 僕の家は静かな森の中にある。見渡す限りの森林とそのむこうの草原とさらに遠くの小高い丘に囲まれている。庭はすっぽり森林の中で、どこまでが自分の土地なのかはっきりとはわからない。そのうち平坦なところに小さめの線路を自分で敷き、自作の機関車に牽引させて列車を走らせている。だいたい6分の1スケールの模型だが、自分が乗って運転するサイズ。ほぼ毎日運行している。庭をぐるりと一周すると500メートル以上あって十数分かかる。

 樹は高さが40メートル近くあって、高いところで鳥たちが鳴いている。今は空が見えるけれど、夏になると葉が生い茂り、ほとんど日は地面に届かない。夏でも20℃くらい。もちろんクーラはない。近所に人はいないし車も通らないから、鳥の声以外にはなにも聞こえない。うちの犬たちは、この庭を自由に走り回っている。鳥以外の野生動物では、狐とリスを見かける。

 僕は、この自分の敷地から滅多に外に出ない。例外は、車を運転してドライブに出かけることくらい。草原を走る道路では、ほかの車にほとんど出会わない。もう10年近く、電車やバスには乗っていないし、人混みに近づく機会もない。ショッピングセンタや映画館や劇場とかへも行かない。仕事でも人に会わない。編集者とはすべてメールでやり取りをしている。電話はまったく使わない。SNSは一切しない。

 一人でも充分楽しく生きられる。しいていえば、犬がいる。犬とは毎日遊んでいる。一緒に寝ている。一人で工作をして、本を読んで、ネットで映画を見て、音楽を聴いている。毎日が楽しくてしかたがない。やりたいことが多すぎて、時間がいくらあっても足りない。

 

【いつのまにかやかましい世の中になった】

 

 ネットでニュースを見ていると「声を上げなければならない」と結ばれている記事が多い。問題がある対象に抗議の声を集めよう、という意味だ。民主主義だから、大勢の意見が一致しなければ行動を改められない、といことだろう。戦争を止める、平和を実現するには必要かもしれない。

 けれど、その戦争も、大勢の声を集めて始まるものだ。また、そもそも自分だけでは満足できない人たちが、周囲の人々を巻き込んで自分の夢を実現しようとする。そんなふうに集められた「欲望」から、多くの争いは始まる。他人に働きかけるためには、声を大きくしなければならない。叫び訴える。だから、やかましくなる。

 僕はもう10年近く都会へ行っていないが、都会という場所はとにかくやかましい。雑踏のノイズが絶え間なく続いている。おまけにいろいろな匂いが強烈だし、どこを見ても広告や看板があって、深夜もそれらが光っている。音と匂いと光が襲いかかってくる場所、それが都会だ。しかもそれらは、他人に働きかけようとしている。関係がないのに、無視したいのに、とにかく静かにしてはもらえない。

 インターネットが普及し始めた頃、そこには本当に貴重な情報が集まった。人間の知性に接することができる静かな場所だった。30年くらいまえのことだ。僕はネットに夢中になった。多くの未知を知ることができ、多方面からそっと知見を眺めることができた。大勢が参加しているのに、現実の都会のようにうるさくはない。何故なら、ネットの情報はこちらから取りにいくものだったからだ。どのサイトも黙って、興味のある人を待っている存在だった。

 今のネットはどうだろうか? 静かに待っているようなサイトは絶滅しつつある。どれも、他人の目や耳をめがけて飛び込んでくる。とにかくうるさい。やかましい。それだけではない。相対的に知性は見えなくなり、嘘ばかりがまかり通るようになった。僕がSNSをしない理由は、静かな生活を望んでいるからだ。

 人間は社会の中で生きる動物である。本能的に群れを作りたがる。かつては、外敵から身を守るためだった。しかし、現代では事情が異なる。個人の人権が認められ、誰もが自由に生きる権利を獲得した。否、獲得しつつある。まだ完全ではないけれど、お互いに無理強いをせず、尊重し合って生きれば、誰もが好きなことができる。もう群れを作る必要はない。大声を上げて、人を集める必要はなくなった。

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。SF小説の最新刊『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』が4月15日に発売。

 

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