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現代も江戸時代も変わらない男女の愛憎のもつれ

江戸の性 第63回

イラスト/フォトライブラリー

『江戸の性事情』(ベスト新書)が好評を博す、永井義男氏による寄稿。

 殺人事件で若い女性が被害者の場合、数日後にあっさり犯人が逮捕されることが少なくない。

 犯人はたいてい夫、元の夫、恋人、別れた恋人、不倫の相手などなど、被害者と密接な関係にあった男である。警察も被害者の親しい男に的を絞って捜査を進めるため、迅速な解決につながる。

 こういった場合、動機はたいてい愛憎のもつれである。江戸時代も事情は同じだった。

 『事々録』から二例の殺人事件を示そう。ともに天保五年(1834)のことである。

(一)

 

 巣鴨に微禄の幕臣が住んでいたが、妻が盲目の高利貸と密通していた。妻の密通を知った幕臣は世間体をはばかって、べつな理由をつけて離縁した。

 離縁はしたものの、家には生れてまもない幼子が残された。幕臣は子供の養育に苦労した。

 そのうち、どこからともなく、元の妻が谷中のあたりに住み、安楽な暮らしをしているという噂が耳にはいった。

 「くそう、俺がこんなに苦労をしているのに、贅沢三昧をしやがって」

 幕臣は考えれば考えるほど、怒りが込み上げてきた。

 七月十三日の夜、幕臣は谷中の住まいを訪ねあて、「火急の用がある。ちと、顔を出してくれ」と、元妻を呼び出した。女もしぶしぶ、玄関に出てきた。

 「いったい、なんなのですか。こんな夜中に」

 幕臣はやにわに刀を抜くや、元妻に斬りつけた。「きゃー」と、悲鳴を上げて倒れた女に何度も斬りつける。女は手足を切断された。男の憎悪の激しさがわかる。

 「いったい、なにごとじゃ」

 悲鳴と物音を聞きつけ、盲人の金貸しが奥から玄関に出てきた。幕臣は無言のまま、現われた高利貸を斬殺した。

(二) 

 谷中七面坂で煮売屋をいとなむ三河屋は息子がいなかった。そこで、娘に婿を取り、店を継がせることにした。婿に選ばれたのが、同じく駒込で煮売屋をいとなむ金兵衛の弟である。祝言をあげ、その後、子供もできた。

 ところが、子供ができたあと、夫婦仲がしっくりいかなくなった。

 「もう、おまえさんなんか、いてほしくないよ。あたしには子供さえいればいいんだから」

 女房になじられ、けっきょく亭主は家を追い出された。

 いったん、駒込の兄のもとにころがりこんだが、考えれば考えるほど、女房への憎しみがつのる。

 「くそう。子供ができたら、俺を追い出しやがって」

 七月十二日の深夜、亭主は谷中七面坂の三河屋にやってくると、勝手を知っているため、やすやすとなかに忍び込んだ。台所の包丁を手にするや、蚊帳のなかの女房を刺し殺した。

 火がついたように泣き出した子供を抱きあげると、わが子を刺し、さらに自分の喉を突いて自殺した。二十六歳だった。

 (一)の事件の幕臣がその後、どんな処罰を受けたかは明らかではない。

 「可愛さ余って憎さ百倍」という言葉があるが、なまじ愛情や性的関係があった男女の仲がこじれると、その憎しみは倍加する。この心理はいまも、江戸時代も変わらない。

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永井 義男

ながい よしお

小説家、江戸文化評論家。1997年『算学奇人伝』で開高健賞受賞。時代小説のほか、江戸文化に関する評論も数多い。著書に『江戸の糞尿学』(作品社)、図説吉原事典(朝日新聞出版)、江戸の性語辞典(朝日新聞出版)など。


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