入れなかったあの店の話【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」50品目 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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入れなかったあの店の話【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」50品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」50品目(最終回)


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。今回連載最終回の【50品目】「ステキなタイミング」。どうぞご賞味あれ!(連載が単行本化され発売予定です。お楽しみに!)


イラスト:おくやま ゆか

 

【50品目】入れなかったあの店の話

 

 都築響一という編集者がいる。『珍日本紀行』『TOKYO STYLE』『夜露死苦現代詩』など、独自の視点で集めたローブロウなカルチャーを次々と世に送り出し、2023年には自身のコレクションを展示する「大道芸術館」を東京・向島にオープンした。興味の方向性が共通する部分も多く、いつも「やられた!」と思う。思うだけで、都築さんのような行動力もセンスもないので真似はできないが、私淑している編集者の一人である。

 その都築響一さんの編書に『Neverland Diner 二度と行けないあの店で』というのがある。100人の書き手が「二度と行けない店の思い出」を綴った638ページの大著。都築さん本人から始まって、平松洋子(敬称略・以下同)、いしいしんじ、俵万智、玉袋筋太郎、小宮山雄飛、朝吹真理子、村田沙耶香、大竹伸朗まで、錚々たるメンツが並ぶ。林雄司、安田理央、とみさわ昭仁、高野秀行、比嘉健二など、面識ある方々も執筆している。

 メルマガ「ROADSIDERS’weekly」での連載を楽しみに読みながら、自分ならどの店のことを書くだろうか、と考えた。学生時代からよく通っていたけれど、今はもうなくなってしまった下北沢の定食屋「三福林」「千草」、洋食屋「マック」「キッチンアスカ」あたりか。洋食屋では「キッチンアラスカ」という店もあった。もう閉店しているので書くが、そこはマスターが非常に感じ悪く(一部の常連には気持ちよかったかもしれないが)ネガティブな意味で記憶に残っている。その点、「アスカ」のほうは、かつて劇団3○○にいた俳優・東銀之介に似たマスターが黙々と調理する姿が好感度高く、1字違いで大違いであった。

 余談だが、東銀之介は元陸軍パイロットで、戦後は航空自衛隊のテストパイロットを経て58歳で劇団に入ったという異色の経歴の持ち主だ。私が舞台で見たときはすでにおじいちゃんだったが、フランス人とのハーフらしい彫りの深い風貌で異彩を放っていた。「アスカ」のマスターもちょっと日本人離れした感じでシブかった。 

 しかし、自分が書くならそういう店よりも、もっと書くべき店がある。自分以外は絶対に誰も書かないだろう店。そう、今はもうない実家の食堂「丸万」である。 

 最後の営業日は2004年1月24日。それまでも年末年始には帰っていたが、当然店は休みなので、店の料理はずいぶん長い間、食べていなかった。ここはやはり最後に何か食べて閉店を見届けようと、新幹線のチケットを予約する。閉店は父の年齢と体調の問題だが、跡を継がなかった自分にも責任がなくはない。まあ、継ぐ気はさらさらなかったし、父も(少なくとも表面上は)継がす気はなかったので、そこはしょうがない。とはいえ、いざ閉店の場面に立ち会ったら、やっぱりちょっと泣いてしまうかも……。

 ところが、人生には予期せぬことが起こる。なんと、予定していた新幹線に乗れなかったのだ。なぜかというと、朝起きれなかったから。もちろん目覚ましはセットしていた。しかし、前日が【25品目】で書いた「虎の会」の第1回開催日だったのだ。 

 その後、年一回の定期開催となった阪神ファンの集いだが、記念すべき第1回は我らが阪神タイガースが2003年シーズンに達成した18年ぶりの優勝を祝う会として開かれた。それはもう際限なく飲むしかないではないか。次はまた18年後かもしれない。今飲まなくていつ飲むのか。一次会で大いに気勢を上げ、二次会、三次会へと流れていく。たぶん明け方近くまで飲んでたと思う。

  そして翌朝。アラーム音で目は覚めたが、二日酔いでとてもじゃないが起き上がれない。頭痛と吐き気でトイレまで這っていくのが精一杯。「これは…………無理!」と実家行きを断念した私を誰が責められよう。誰が責められよう(大事なことなので2回言った)。

 そんなわけで、最後のチャンスを逃したまま、二度と行けない店になってしまった。大学進学で家を出るまでは毎日食べていたのに、もうあの味は思い出の中にしかない。……そんな話を情緒たっぷりに書こうと思っていたが、残念ながら依頼が来なくて悔しかったのでこの場を借りてネタ供養した次第である。

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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  • 都築 響一
  • 2021.01.22