「開幕前の至福の宴」新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【25品目】
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」25品目
「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【25品目】「開幕前の至福の宴」をご賞味あれ!

【25品目】開幕前の至福の宴
2月1日のキャンプインはプロ野球ファンにとって第二の正月だ。ツイッターの野球クラスタでは「あけましておめでとうございます!」の声が乱れ飛ぶ。近年はCS放送やネット中継でキャンプの様子が見られるので大変ありがたい。ただの練習を見て何がうれしいのかと思うかもしれないが、ファンにとっては選手が動いている姿を見るだけで心が弾むのだ。私なんかはもう選手の親より年上だったりするし、世が世なら孫の可能性まであるので、うっかりするとちょっと涙ぐんだりもする。
3月に入るとオープン戦も本格化し、贔屓チームの戦力分析で忙しい。新入団選手の実力はいかほどか、レギュラークラスの仕上がり具合はどうか、開幕メンバーはどうなるのか。昨季活躍した選手にはさらなる飛躍を期待するし、そうでなかった選手も今年はやってくれるはず……などと思いを巡らす。実際にシーズンが始まると、去年の我がチーム(阪神)のように開幕9連敗などという過酷な現実に直面しかねないので、心置きなく妄想をふくらますことのできるこの時期が、ある意味一番幸せとも言える。
そんな開幕前の恒例お楽しみ行事として、毎年開催しているのが「虎の会」だ。仲間内の阪神ファンが一堂に会し、来るべきシーズンに向けての期待と不安を語り合う。要するに阪神ファンの阪神ファンによる阪神ファンのための飲み会である。第1回は2003年の優勝祝賀会と新年会を兼ねて2004年1月に開催。年末年始は店が混んでるということもあり、第4回の2007年からは新戦力の見極めもできる3月開催となった。最も多かったときで16人、少ないときで6人、平均9人程度が参加している。
一応、言い出しっぺで最年長の私が幹事を務め、毎回「虎」にまつわる店を選ぶ。店名に「虎」が入っているとか店主が阪神ファンとかいう店を探すのだが、これがなかなか難しい。「虎○○」という店名のくせに、いざ店に行ってみたらジャビット人形(読売ジャイアンツのマスコット)が飾ってあって参加者の顰蹙を買ったり、駅からやや遠くて不便ながら店主が阪神ファンの店を見つけて「よし、これから毎年ここでやろう!」と思ったら、「実は今月で閉店するんです」と言われてガックリしたこともあった。ターミナル駅ではない東中野のトラキチが集うことで有名な店や、語呂合わせで「蒙古(=猛虎)○○」という火鍋の店にしたこともある。
そうやっていろんな店を転々としていたが、2011年の第8回(東日本大震災発生のため5月に延期した)からは、渋谷の「虎視眈々」という店が安住の地となった。店名に「虎」が入っているだけでなく、ここの大将が我々「虎の会」メンバーに優るとも劣らないトラキチなのだ。何がすごいって、東京でお店をやっているにもかかわらず甲子園球場ライトスタンドの年間シートを購入しているのだから、どうかしている。お店は地鶏料理がウリで、名物はチキン南蛮。やわらかく揚がったチキンにコクのあるタルタルソースがたっぷりで、酒が進むこと請け合いだ。もちろん定番の地鶏焼きもうまいが、個人的におすすめは「北と南のさつま揚げ」。北海道産と宮崎産、2種類のさつま揚げがマジでうまい。
そんなお店で思う存分阪神トークができるという至福。昨シーズンの反省から始まり、今シーズンの展望、新戦力の評価、そして酔いが回るにつれ、話は時空を超えて横滑りしていく。何しろファン歴何十年のツワモノぞろいなので、マニアックな名前が出るわ出るわ。「背番号3といえば藤倉ですよ」「江川が着なかった3番な」「星野伸之の球をキャッチャーが素手で捕ったって話があるけど、大町の球、それより遅かったよな?」「昔、神楽坂の中華屋で大食いメニュー完食者の中に法大時代の猪俣の名前あるの見たわ」「イタリア出身の外国人おったやん、名前何やっけ?」「おったおった、ラムな」「マイナー外国人ではアレンが結構好きでしたねー」って、阪神ファンでも若い人にはさっぱりわからないだろう。
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