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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【23品目】「恵方巻」と「丸かぶり」

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」23品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【23品目】「『恵方巻』と『丸かぶり』」をご賞味あれ!


イラスト:おくやま ゆか

 

【23品目】「恵方巻」と「丸かぶり」

 

 前回、「きつね」と「たぬき」や定食の配置など、食にまつわる東西文化の違いについて書いた。そこでもうひとつ思い出したのが「恵方巻」だ。毎年お正月シーズンが過ぎると、コンビニは一気に恵方巻推しになる。そして節分当日にはおにぎりやお弁当の棚の何割かが恵方巻で埋め尽くされるのが季節の風物詩。最近は食品ロスの問題もあり、以前ほど大量仕入れではない感じだが、それでもかなりのスペースで展開されることに変わりはない。

 この恵方巻について「こんなの昔はなかった」という声がある。それは半分正しく、半分間違いだ。確かに「恵方巻」という呼称は昔はなかった。ちょっとネットで検索すれば出てくるが、1989年にセブンイレブンが広島県の一部の店舗で節分の縁起物としての太巻きずしを「恵方巻」と称して売り出したのが始まり。売れ行きがよく、翌年より販売エリアを拡大、95年には関西以西の地区、98年には全国で販売するようになったという。

  しかし、節分に太巻きずしを食べるという風習自体は、それ以前からあった。セブンイレブンの公式サイトにも〈関西の風習としてあった「節分の日にその年の縁起のいい方角(恵方)を向いて無言で太巻き寿司をまるかぶりする」という情報にもとづいて恵方巻を一部の店舗で販売したのが始まりです〉との記述がある。セブンイレブンがむりやり捏造したわけではなく、関西では昔からあった風習なのだ。

  そもそも私自身が、子供の頃から毎年節分には太巻きずしを食べていた。恵方巻ではなく「丸かぶり」と呼んでいたので恵方巻という呼び方には違和感があるが、少なくとも50年ぐらい前には、その風習がすでに存在していたのは事実である。恵方を向いて黙って食べるという作法も当時からあった。起源については諸説あり正確にはわからないが、単に自分が知らなかっただけのことを「昔はなかった」としたり顔で言う人には猛省を促したい。どんな分野でも「あった」は一例あれば言えるが「なかった」は軽々に言えることではない。言えるとしたら、せいぜい「昔の○○県では(自分は)見たことない」ぐらいだろう。

  我が家は年中行事をあまり重視しない家で、クリスマスパーティ的なものをやった記憶がない。ツリーなど飾ったことがないし、ケーキも何回かは食べたかもしれないが、毎年ではなかった。端午の節句にこいのぼりを飾ったこともない。五月人形はあったが、私としてはそういった装飾物には何の興味もなく、プレゼントさえもらえればそれでよかった。もちろんサンタクロースなど一瞬たりとも信じたことはなく、親に欲しいものを申告して値段との兼ね合いで可否が決まり、NGの場合は代替案を出すという極めてリアリスティックな家庭だったのだ。

  そんな家にもかかわらず、節分の丸かぶりだけは必ず食べた。何しろ我が家は食堂なので、太巻きずしは売るほどある。実際、節分はチャンスタイムで、今のコンビニほどではないけれど、店頭に「節分の丸かぶり」と貼り紙して、ここぞとばかりに猛プッシュ。縁起物として買っていくお客さんも多かった。そのおこぼれに預かるというか余りものを与えられるというか、「おまえら(姉と私)もついでに食っとけ」という感じで、その日の晩ごはんは丸かぶり一択なのだった。

次のページどこの家でも節分には丸かぶりを食べるのかと・・・

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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