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トングどっち向きに置く?【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」47品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」47品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【47品目】「トングどっち向きに置く?」をご賞味あれ!


イラスト:おくやま ゆか

 

【47品目】トングどっち向きに置く?

 

 仮にあなたがレストランで働いていたとして、男女カップルのテーブルにシェフの気まぐれサラダを運んでいったとしよう。お皿は円形で、男が時計でいう12時の位置、女が6時の位置に座っている。そのとき、トングをどこにどう置きますか?

 一昔前なら、多くの人が4時の位置に、持ち手を女性側に向けて置いただろう。つまり、「(右利きの)女性が男性の分も取り分ける」という状況を想定した配置である。社会通念として、おそらくそれがマジョリティだったのだ。実証データがあるわけではないが、自分の記憶を辿っても、そういう置き方をする店が多かったように思う。

 それに気づいたのは、「こういうのって必ず女のほうに向けて置くよね」という妻の一言だった。そう言われるまであまり意識したことがなかったが、気になりだすととても気になる。我々の場合は、気分次第で妻が取り分けることもあれば私が取り分けることもあり、各自が欲望の赴くままに奪い合うこともある。それでも、トングはたいてい妻のほうに向けて置かれていた。

  若い頃に2~3回出たことのある合コン的な席でも「料理は女子が取り分けるもの」みたいな“常識”があった。いや、合コンじゃなくて職場の飲み会とかでも、取り分けるのは女性の役目になりがちだ。最近読んだ『無田のある生活』(朝比奈ショウ)というマンガでも、アパレルメーカーに勤める主人公の女性が、社内の打ち合わせを兼ねた会食でみんなの分のサラダを取り分けたら、最後のほうで足りなくなって焦るシーンがあった。

 その場では彼女が一番の下っ端で会話にも入れず、「せめて目の前の(自分にできる)ことから」という気持ちでやったことであり、真面目で向上心はあるが自己肯定感が低いキャラの行動としては理解できる。しかし、同じようなポジション、性格のキャラでも、男性だったらこういう描写にはならなかったのではないか。

 逆に、会計をお願いした際の伝票は男の側に置かれることが多い。私も昭和の人間なので、女性との食事は男が払うものという刷り込みがある。加えて、編集者という職業柄、同席者の分を払うのが習い性となっている部分もあり、つい「ここは私が」となりがちだ。妻との外食でも基本的には私が払う体になっている(どっちが払っても家計全体としては同じことだが)。たまに、私の誕生日とかで妻が自分が払うつもりで「お勘定お願いしまーす」と声をかけても、やはり私のほうに伝票を渡そうとすることも少なくない。

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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