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本当にあった性の事件簿~下着泥棒と芸者~

江戸の性 第53回

イラスト/フォトライブラリー

 慶応元年(1865)十月二十八日のこと。夜の六ツ半(午後七時ころ)過ぎ、湯島天神の門前にある料理屋に町人の男六人があがり、座敷に芸者三人を呼んで酒宴を開いた。四ツ(午後十時ころ)過ぎ、酒宴も終わり、客の男たちは帰って行った。

 芸者置屋の若い者ふたりが提灯を持ち、芸者三人は連れ立って帰途につく。天神下の、備中庭瀬藩板倉家の屋敷のあたりを歩いていると、暗闇の中から武士が白刃をひらめかせて飛び出してきた。武士は刀で提灯を叩き落した。

「わっ、助けてくれ」

 若い者ふたりと、芸者のふたりは提灯が消えた闇を利用して逃げ去る。お島という芸者ひとりが逃げおくれ、つかまってしまった。

「衣類から腰巻まで、すべて脱いで、こちらに渡せ。声を立てると、斬り殺すぞ」

 武士は刀でおどす。お島はさからわない。

「承知いたしました。身につけているものはすべて脱いでお渡ししますから、まず刀をお収めくださいな」

「うむ、よかろう」

 武士は刀を鞘に収めた。お島は着ているものを順番に脱いでいく。ついに、腰巻ひとつになった。はらりと腰巻を解くや、それを武士の頭からひょいとかぶせた。

「な、なにをするか」

 予期しない事態に動転してしまい、武士は頭上からすっぽりかぶせられた腰巻をなかなかはずせない。そのスキに、お島は真っ裸のまま逃げ出した。事件後、つぎのような落首(世相を風刺する歌)が出まわった。

  ふんどしのうまひ匂ひにかぎほれて

    まごつく内に皆んな逃げられ

 この「ふんどし」とは、女の腰巻のことである。

『藤岡屋日記』に拠った。武士は女を丸裸にしたあと、奪ったものを持ってすみやかに立ち去るとは思えない。おそらく、物陰などに連れ込もうとしたであろう。その意味では、すべて奪われたとはいえ、腰巻をかぶせてそのすきに逃げ出したのは正解であろう。とっさの機転である。

 しかし、百戦錬磨の芸者だったからこそ、こういう機転を働かせることもできた。素人の女は体がすくんでしまって、自分の下着を凶悪犯の頭にひょいとかぶせる芸当など、とてもできない。このあたりの事情は男でも同じではなかろうか。

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永井 義男

ながい よしお

小説家、江戸文化評論家。1997年『算学奇人伝』で開高健賞受賞。時代小説のほか、江戸文化に関する評論も数多い。著書に『江戸の糞尿学』(作品社)、図説吉原事典(朝日新聞出版)、江戸の性語辞典(朝日新聞出版)など。


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