誉めるか、叱るか、それが問題なの?【森博嗣】連載「静かに生きて考える」第20回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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誉めるか、叱るか、それが問題なの?【森博嗣】連載「静かに生きて考える」第20回

森博嗣「静かに生きて考える」連載 第20回


新型コロナのパンデミック、グローバリズムの崩壊、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元総理の暗殺・・・何が起きても不思議ではない時代。だからこそ自分の足元から見つめなおしてみよう。耳を澄まし、よく観察してみること。森先生の日常は、私たちをはっとさせる思考の世界へと導いてくれます。「静かに生きて考える」連載第20回。


 

 

第20回 誉めるか、叱るか、それが問題なの?

 

【褒めても叱っても、人は育つ】

 

 僕が子供の頃のドラマや漫画では、「スポーツ根性もの」というジャンルがあった。そこに登場する「名コーチ」は、例外なく「鬼コーチ」だった。選手たちは、いつも叱られ、罵られ、苦しみ、涙を流す。それでも、「負けないぞ!」というのが、「根性」だった、と僕は理解している。さて、今はどうなのだろうか?

 そんな「鬼コーチ」は、パワハラで訴えられるはず。世の中、とにかく褒めて、褒めて、褒めちぎる、というのが「教育」「指導」の手法となったようだ。僕は当事者ではないから、べつにかまわない。

 僕は、自分の子供を褒めて育てなかった。きっちり叱った。ただ、もちろん暴力は振るっていない。怒った振りをしたから、子供たちは萎縮しただろう。2人しか育てていないので、良かったのか悪かったのかを判断するにはサンプル数が少なすぎる。でも、2人ともとても良い子だったし、立派な大人になった。僕は今、2人を尊敬している。

 犬を数匹飼った。叱って育てた場合と褒めて育てた場合を比較すると、叱った方がお利口な犬になった。危険なときに、「待て!」と止めることができるので、犬の安全にもつながる。褒めて育てた子は、言うことを聞かないけれど、もちろん可愛い。どちらが良いか悪いかは、わからない。もともと持って生まれた性格や能力の差もあるだろう。

 はっきりしていることは、褒めても叱っても、子供も犬も、それなりに育つ、ということだ。どのように育てたかはさほど影響しない、と僕は考えている。褒めても叱っても、その子が持っている能力が育つし、むしろその子の周囲の仲間たちからの方が、育て方よりも影響が大きいことが、科学的にも証明されている。

 とはいえ、僕はこのような「教育論」に興味を持てない。どちらだって良い。親は、子供の安全を守ることが第一の使命、というだけだ。

 

【世の中を褒める方法】

 

 世の中のルールというのは、現代では法律で定められている。法律では、してはいけないことが決められていて、それをしてしまった人には罰を与える。つまり、「叱る」ことで人々をコントロールするシステムだ。法律には、「良い行い」は規定されていないし、また良いことをしても、褒美を与えるような規定もない。例外的に、ほんの一部に賞状や勲章が授与される程度。叱るのに比べたら微々たるものだ。

 「こうしてほしい」という政府や役所の希望は、言葉で伝えるしかない。いわゆる「スローガン」というものになる。せいぜい、ポスタや看板で広められる程度で、それを見ても、誰も「褒められた」とか、「褒められたい」とは思わないだろう。

 政府が目指す方向に一致するような行為には、「補助金」なるものが出る。以前は「免税や控除」が多かった。税金が減るので、補助金と同じ。安売りとポイント還元の関係に似ている

 近頃では、これがエスカレートして、「助成金」なるものが流行りだした。ほぼ全員に金を配るという行為で、これを揶揄する人たちは「ばらまき」などと形容している。

 褒めて育てる時代だから、政治も同じ潮流に乗ろうとしているのかもしれない。助成金をもらって「褒められた」と感じる人はいないと思うけれど、悪い気持ちにはならないだろう。でも、それで社会が良い方向へ「育つ」とは思えない。

 税金を集めるのにも四苦八苦なのに、せっかく集めた金を、簡単にばらまいてしまうのは、借金で首が回らない家のドラ息子が、街で金をばらまいている光景を連想させる。近所では一時的に喜ばれるものの、「馬鹿なことを」という声は静まらないだろう。

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。最新SF小説『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』、森博嗣著/萩尾望都原作『トーマの心臓 Lost heart for Thoma』が好評発売中。9月21日に『新装版-ダウン・ツ・ヘヴン - Down to Heaven 』が発売予定。

 

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