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どうでも良い話をしなくては【森博嗣「静かに生きて考える」連載第11回 】

森博嗣「静かに生きて考える」連載第11回


新型コロナのパンデミック、グローバリズムの弊害、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元総理の暗殺・・・何が起きても不思議ではないと思える時代。だからこそ自分の足元を見つめ、よく観察し、静かに考えること。森先生の日常は、私たちをはっとさせる思考の世界へと導いてくれる。連載第11回。


 

第11回 どうでも良い話をしなくては

 

【何色が好きか問題】

 

 前回は少々書きすぎた気がする。気持ちを切り換えて(単なる言葉だけのことだが)、今回はもっとどうでも良い話題にしよう。常々、どうだって良いことばかり考えているおかげで、今の最高にいい加減な人生になっているのだから。

 そこで、「何色が好きか」について述べてみたい。僕のことをよく知っている人は、おおかた承知している情報である。僕は赤やオレンジ色が好きで、色を選べるような場面ではたいていこれらを選ぶ。次点はピンクや黄色。逆に、滅多に選ばないのは青や緑や紫。また、白、灰色、黒は「色」と認識さえしていない。基本的にフラットな原色が好きで、派手なメタリックや蛍光色、またシックな中間色も好まない傾向にある。

 最初に買った車は赤だった。この車でデートもしたし大学に6年間通っていた。大学院を修了したときに車を買い替えた。6年間で18万kmも乗ったので、もうがたがただったからだ。新車と同時に結婚もして、引越もして、ついでに就職もした。この4つが1週間のうちにあった。その2台めの車は紺色だった。

 嫌いな色を選んだのは、結婚相手の女性に「赤い車はやめて」と言われ、それに従った結果である。つまり、僕はそれほど車の色を気にしていない。自分は内側に乗るので、外側の色は重要ではない、と考えた。赤かオレンジ色か黄色にしたかったのだが、たしか、そのときは好みの色が設定になかったことも理由だ。

 そしてその後、何台も車を買ったけれど、二度と赤い車に乗ることはなかった。何故なら、その女性がずっと今まで僕の奥様だからだ。今でも、「よしなさい、赤なんて」とおっしゃる信念の人である。彼女自身は、黒と白のツートンの車に乗っている(パトカーではないが、パンダみたいだ)。

 森博嗣は我が強いと一般に誤解されているけれど、研究者や作家って、そういう人種にきまっている、というステレオタイプのイメージのせいだろう。僕は、人の意見を聞くし、多くの場合それを受け入れる。大勢の動向に積極的に同調するようなことはないにしても、自分の好みを強く主張することはなく、「まあ、どちらでも良いことだから譲歩しよう」となることがしばしば。そもそも、人が僕に意見をするのは、僕にとってはどうでも良い事案である場合が大多数なのだ。

 色なんて、どうでも良いものである。たまたま表面の状態で光の反射がそうなっているだけのこと(照明がなければ色は存在しない)。一般に、その物体の機能や形状や強度などに色は無関係である。世の中にはこのようなどうでも良いものが非常に多い。わかりやすい例として、今回は身近な「色」について書いてみた。

 

【綺麗とか美しいとか意識とかも】

 

 色は、物理的な現象である。その証拠に、機械で色を測定することができる。しかしたとえば、「綺麗さ」や「美しさ」は、そうではない。対象は物理的なものなのに、それを判別・判定するのが人間であるため、人それぞれで基準が異なり、また定量的とはなりにくく、そのときどきでも変化する。したがって、機械によって測定できない。

 「そんなことはない。AIだったら判別できるはずだ」とおっしゃる方もいると思う。そう、そのとおり。AIは人間の頭脳とほぼ同じなので、その判別が可能な性能を持ったものであれば、「人間」と見なしても差し支えない。「見なし人間」に属すると考えれば理解しやすいかも。ただ、人間がそれを認めるかどうか、「見なし人間」と見なすかどうか、が新たな問題となる。すると、「綺麗さ」や「美しさ」に、「人間らしさ」が加わるだけだ。

 歴史を振り返ると、わりと安易に「美」という概念が使われてきた。それが、ここ最近になって「そういった決めつけはよろしくない」との意見が台頭し始めた。例を挙げれば、「美人」「美女」「美貌」「映像美」「様式美」「美意識」など。まずは、言葉に対して厳しく制限されるようになりつつある。ついこのまえまで、誰もが意識せずに使っていた沢山の表現が、公の場では発言できない。不思議なことだが、このような「言葉狩り」は、いうなれば簡単で安上がりな手法だ。言葉を制限すれば、人々の意識が変わる、といった理屈に基づいているらしい。

 ところで、この「意識」なるものも、どういう意味なのか、僕にはよくわからない。それこそ、「美」と同じく、人間が、そして各自が、異なる基準で漠然と捉えているはずだ。人間は、意識というものを自分は持っていると感じるようにプログラムされているが、この根拠は、言葉の存在に大部分起因しているだろう。しかし、あくまでも、自分だけの意識(つまり思い込み)であって、すべての人に共通するものであるかどうかは、きちんと証明されていない。AIだって、この程度の「意識」ならば既に持っているように観察される。

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。最新SF小説『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』、森博嗣著/萩尾望都原作『トーマの心臓 Lost heart for Thoma』が好評発売中。9月21日に『新装版-ダウン・ツ・ヘヴン - Down to Heaven 』が発売予定。

 

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