どんなものも元どおりには戻らない【森博嗣】
森博嗣「静かに生きて考える」連載第28回
パンデミック、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元総理の暗殺、トルコ大地震、シンギュラリティ・・・何が起こっても不思議ではない時代。だからこそ自分の足元を見つめなおそう。よく観察しよう。時に一人になって、静かに考えて暮らしてみよう。森先生の日常は、私たちをはっとさせる思考の世界へと導いてくれる・・・連載第28回。
第28回 どんなものも元どおりには戻らない
【一時的なものか、恒久的なものか?】
値上げラッシュのようだ。ニュースで頻繁に取り上げられているから、食事のとき奥様(あえて敬称)に「食料品の値段が上がっているの?」と尋ねたところ、「さあ、値段を見て買ったことがないから」とおっしゃっていた。凄いな、セレブじゃないか、と感嘆した。
森家では、外食はしない。例外は3カ月に一度のマクドナルドのドライブスルーくらいである。僕は大変楽しみにしていて、一番最近だと、12月の誕生日のときに行った。そろそろまた行きたいと思っている。しかし、マックのハンバーガがいくらなのか、たしかに気にしたことはない。家計に影響するような額ではないからだ。
ニュースで驚いたのは、「早く元の値段に戻ってほしい」という市民の声を紹介していたこと。元に戻ると思っている人がいるんだな、と気づいた。そういえば、景気が悪いからか、「好景気に戻ってほしい」との声も聞こえるし、早く感染症がなくなってほしい、早く戦争が終わってほしい、早く少子化を解決して人口減少に歯止めをかけてほしい、などの声も方々で耳にする。それらを望む気持ちを大多数の人が持っているのだろう。
ただ、それらは希望や願望であって、観測としてはやや楽観的すぎる。今挙げたどれもが、元には戻らないだろう。戻るような要因が極めて少ない。継続して定常化する見込みの方がはるかに強い。
たとえば、人口減少だが、この百年ほどで世界も日本も、極端に人口が増加している。人類史上かつてない異常な急上昇である。なんとかしないと、エネルギィも食料も不足するだろうし、それに基づく争いも増えるはずだ。できれば穏やかに人の数を減らすことが理想だ。そういった観点からいえば、少子化は悪い状況ではない。ただ、経済的な損失があり、商売をしている人には頭が痛い問題となる。
景気が悪いという嘆きも、バブル期のような異常な状況に再び戻れると考えているのだろうか。どんなものも、上昇すればいずれ頭打ちになる。当然であり、自然だ。それから、一般消費者には、ものの値段が上がらないデフレの方が嬉しい。デフレ脱却なんて叫んでいたのは誰だったのか? そちら方面の人たちは、値上げラッシュを歓迎しているのだろうか?