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メリハリのないシンプルな生き方【森博嗣】

森博嗣「静かに生きて考える」連載第22回


新型コロナのパンデミック、グローバリズムの崩壊、ロシアのウクライナ侵攻、安倍元総理の暗殺・・・何が起きても不思議ではない時代。だからこそ自分の足元を見つめなおしてみよう。よく観察してみよう。静かに考えてみよう。森先生の日常は、私たちをはっとさせる思考の世界へと導いてくれます。連載第22回。


 

第22回 メリハリのないシンプルな生き方

 

【年末年始は何をしていたのか】

 

 12月には誕生日がある。この誕生日の前日から年金の申請ができるので、その書類作成に11月中取り組んでいた。役所の書類ほど難解な文章はない。読んでも読んでも意味がわからない。疑問点を調べてもなかなか解決しない。不明点を幾つか抱えての申請だったものの、準備をした価値があり、(代理人に提出してもらったのだが)問題なく受け取ってもらえた。僕が疑問に思って付箋を貼った箇所は、すべて記入しなくても良いところだった。

 実は、共済年金を63歳からもらっていて、65歳からもらえるのは国民年金。前者は大学に勤めていたときに、後者は退職後に、支払っていたわけで、ようやくこれから返してもらえる。支払った分くらいは取り戻したい。苦手な「長生き」をしなければならないのでハードルが高い。

 誕生日には、久しぶりにマクドナルドへ行った。ハンバーガとポテトとシェイクを食べた。高カロリィのバースディだった。クリスマスは特になにもしていない。ちょっとした模型は買ったけれど、自分へのプレゼントといえるほどでもなかった。

 年末年始は、工作室に籠もって旋盤を回すのが毎年の恒例で、今年もやはり旋盤を半日ほど回した。工作は、20近いプロジェクトを同時に進めていて、手を広げすぎ。それでも全部楽しいのだから、これで良いとの自己評価。

 夏季には牧場となっている平原が、冬はなにもない荒野となるため、そこでラジコン飛行機を飛ばしている。ただ、とても寒いし、風を選ぶから毎日はできない。1週間に1度くらい、しかも1日のうち1時間ほどが、フライト可能なコンディションになる。今は、ヘリコプタには飽きてしまい、モータ・グライダを主に楽しんでいる。ゆっくり飛ぶから目に優しく、老人向けといえる。

 クラシックカーは、秋にオーバフェンダが壊れたので、部品を取り寄せて、修理した。その後、不具合はなかったけれど、最近、低回転から噴き上がるときに息をつくことがあって、やや面白くない。春になったら、整備工場へ行こうと考えている。まあ、普通に走るので、普段のドライブには支障ない。

 

【休日も祝祭日もまったく同じ生活】

 

 勤めを辞めてもう18年くらいになるけれど、毎日ほぼだいたい同じことをしている。決めたわけではなく、自然にそうなった。起きる時間、寝る時間、風呂に入る時間、もちろん食事なども時間が決まっていて、休日も平日も、大晦日でも元旦でもまったく変わらない。世間の人たちが楽しんでいるような「行事」は、僕には無縁だ。

 現在は、抱えている仕事は、どれも〆切が1カ月ほどさき。それらを毎日30分ずつ進める。10分もキーボードを叩いたら、「ああ、仕事をしたなあ」と嬉しくなって、その解放感から、工作室へ直行するか、庭に出て鉄道を運転するか、犬を連れてドライブに出かける。

 時間を忘れて没頭するのは、工作である。気がつくと、5時間ほど経過していることがざらにあって、しかも1時間半くらいかな、との自覚しかない。まさにトリップ。

 その大好きな工作でさえ、ずっと同じ対象に向かうことが難しい。沢山のプロジェクトに少しずつ手をつけて、飽きてきたら、別の対象へ移る。同じことを続ける根気がない。続けていると、なにか焦ってしまって余計な失敗をするのがオチだ。そうならないように、常にリセットして、自分を落ち着かせる。

 頭で考えるようには手がついていかない。考えるほど早くものを作ることができない。この苛立ちが根底にある。これが僕の悪い癖で、失敗を繰り返すうちに、多くのタスクを同時に進める方法が効果的だと気づき、それを続けている。

 休日だからと、まとめて遊ぼうとすると、時間が気になるし、一気に楽しもうと焦ってしまい、疲労するし失敗もする。遊びは毎日に分散して、少しずつ別々の遊びを楽しむ。その結果、毎日がコンスタントで同じような時間割になった。たぶん、この方が健康的だろう、とも感じている。動物も、だいたい毎日同じことをしているように観察できる。

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。最新SF小説『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』、森博嗣著/萩尾望都原作『トーマの心臓 Lost heart for Thoma』が好評発売中。9月21日に『新装版-ダウン・ツ・ヘヴン - Down to Heaven 』が発売予定。

 

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