僕の家には犬がいる【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第13回 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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僕の家には犬がいる【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第13回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第13回


森羅万象をよく観察し、深く思考する習慣を身につけよう。すると新しい気づきが得られ、日々の生活はより面白くなるはずだ。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにある。 ✴︎BEST TIMES連載(2022.4〜2023.9)森博嗣『静かに生きて考える』が書籍化(未公開原稿含む)され、絶賛発売中。


 

 

第13回 僕の家には犬がいる

 

【かつて日本の犬たちは】

 

 この連載もついに第13回である。と書くと、なにか13という数字に意味があるのか、と思う人が多いことだろう。これが10回とか100回だと、そういった疑問もなく受け入れられるが、むしろそちらの方が不思議なので、その注意喚起のために書いてみた。

 さて、13には全然関係のないほのぼの系の話題である。僕の家では犬が人間と一緒に暮らしている。犬たちは家のどこへでも行ける。制限されている部屋はない。敷地の周囲に柵はないが、庭園内ではノーリードだ。ドアを自分で開けることはできないので、出入りしてほしくないときはドアを閉めておけば良い。人間の幼児と同じ扱いだ。

 今ではごく普通のことになったけれど、僕が子供の頃、半世紀まえになるが、その頃には、家の中にいる犬は非常に珍しかった。犬は屋外で飼うものだったし、そのうち恵まれている犬は、犬小屋という犬用の住まいがあてがわれていた。

 また、だいたいの犬は鎖や縄でつながれていたけれど、ときどき近所を自由に歩いている犬も多かった。特に田舎ではそれが普通だった。僕は名古屋市内の新興住宅地で小学校へ通っていたけれど、登校の途中で毎日フリーの犬に出会った。

 犬が怖いという子も多かった。僕は犬が嫌いではなかったけれど、でも知らない犬には近寄らない。刺激をしない方が安全だと教えられていたからだ。当時の犬といえば、今のような小型犬ではない。柴犬も大きかったし、雑種の犬はだいたい大型犬だった。黙っていれば犬は悪さをしない。噛まれるようなこともなかった。もちろん、たまに犬に噛まれる事故は起きていたけれど、ニュースになるほどの出来事でもなかった。

 犬が外にいたのには理由があった。それは防犯である。田舎では野生動物を家や畑に近づけないために犬が飼われていた。そんな番犬が減ったため、野生動物が人里や畑に近づくようになったのだろう。

 当時TVで見ていたアメリカのドラマでは、犬が普通に家の中にいた。不思議な光景だったけれど、外国では室内でも土足のままだからそうなるのかな、と解釈していた。日本では、大きな犬が家の中を歩いているのを見たことがない。自動車に乗っているのも見たことがなかった。

 ところが中学生のときに、母がフォックステリアの子犬を買ってきた。この犬は、家の中で飼うことになった。自動車にも乗せることになった。ここで犬に対する文化改革が森家で起こったのだ。近所でも、まだ珍しかったのではないか、と思う。

次のページペットが家族や社会の一員となる

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✴︎森博嗣 新刊『静かに生きて考える』発売忽ち重版!✴︎

 

 

森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。どうぞご期待ください!

 

 

 世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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