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老人になっても社会人である【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第10回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第10回


森羅万象をよく観察し、深く思考する。新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白くなる――。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。 ✴︎BEST TIMES連載(2022.4〜2023.9)森博嗣『静かに生きて考える』が書籍化(未公開原稿含む)され、絶賛発売中です。


 

 

第10回 老人になっても社会人である

 

【転ばない老人になりたい】

 

 この2週間は、年末年始だった。あえて敬称の奥様、スバル氏が、クッションを抱えたままウッドデッキへ出ようとして、足を踏み外し、捻挫で歩けなくなっていたが、1週間後には立てるようになり、どうにか移動できるようになった。外科へも行き、レントゲンを撮ってもらった。医者は、なにもいわなかったそうだ。薬も湿布も出ず、もう来なくても良い、といわれたとか。怪我から3週間経過し、犬の散歩に同行できるくらいには回復した。ようするに、大した怪我ではなかった奥様(あえて軽傷)である。

 庭掃除の仕事も一段落し、工作の時間を充分に取れるようになった。工作室に毎日4、5時間は籠もって作業を続けている。おかげで、立っている時間が長くなり、少々筋肉痛である。そう、工作をしているときは、だいたい立っているのだ。旋盤もボール盤もフライス盤も、すべて立ち仕事。ヤスリやノコギリも座っては使えない。それに、座るための椅子には、知らないうちに道具や材料がのってしまい、座る場所もなくなっている。

 スバル氏ではないが、この歳になると、転んで怪我をする危険性が高まる。高齢者は、転びやすいし、骨折しやすい。しかも、そういった怪我が原因で体力が落ち、そのまま寝たきりになって亡くなる方も珍しくない。周囲の老人にこの例がとても多いから、とにかく転ばないようにしよう、そのためには、とにかくゆっくり動くことだ、と自分にいい聞かせている。

 最近だと、箱を持って庭を歩いていて、切株につまづいて怪我をした。若いときの骨折は、地下鉄の階段で転んだからだった。もともと転びやすい人かもしれない。七転び八起きというが、起きる方が1回多いのは、生まれて最初に立ったときを勘定に入れた?

 僕がうっかり怪我をする理由は、はっきりしている。遠視だからだ。近いものを見ていない。いつも遠くを見ているせいで、手許足許が覚束ない。加えて、せっかちだから、つい慌てて動こうとする。気が早るのだ。そのわりにけっして俊敏な運動神経を持ち合わせていない。頭で考えるイメージにボディがついてこられない。このギャップが問題らしい。だから、頭がもう少しぼけて、回転が悪くなれば、釣り合いが取れるだろう、とだいぶまえから期待している。

 考えてみると、二足歩行というのが、転びやすいデザインだ。ソフトに頼りすぎている。つまり、センサと演算速度(つまり反射神経)に依存したシステムだから、センサや演算速度が衰えると成立しない。こんなに長生きするようにはできていないメカニズムなのかもしれない。

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✴︎森博嗣 新刊『静かに生きて考える』絶賛発売中✴︎

 

 

森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。どうぞご期待ください!

 

 

世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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