新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【22品目】ところ変われば品変わる |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【22品目】ところ変われば品変わる

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」22品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【22品目】「ところ変われば品変わる」をご賞味あれ!✴︎連載全50回がついに書籍化、絶賛発売中です!


イラスト:おくやま ゆか

 

【22品目】ところ変われば品変わる

 

 大阪から東京に来た人間が一番面食らうのは、うどんのつゆが黒いこと――という話はもう言い古されているが、40年前に私が東京に来たときはやっぱり面食らった。話には聞いていたものの、水面下のうどんがほぼ見えないぐらい黒い。見た目の印象は味覚にも影響するもので、黒いうどんのつゆは(おそらく実際以上に)しょっぱく感じた。

 同様に、「きつね」と「たぬき」の違いにも困惑させられる。大阪できつねといえば油揚げののったうどん、たぬきといえば油揚げののったそばを指す。つまり「きつねそば」というものは存在しないし、「たぬきうどん」もありえない。ところが、東京のそば屋ではメニューに「きつねそば・うどん」「たぬきそば・うどん」の両方が記載されている。ご承知のとおり、前者は油揚げののったそば・うどん、後者は天かすののったそば・うどんだ。関西人が予備知識なしに「たぬき」を注文して「うどんですか、そばですか?」と聞かれて、「はぁ? たぬきはそばに決まっとるやろが!」と思ったら天かすそばが出てきた日には、ひと悶着あってもおかしくない。

  ちなみに、東京でいう天かすトッピングの「たぬき」は、大阪(というかウチの店)では「ハイカラ」と称されていた。また、京都でたぬきというと、きつねうどんをあんかけにしたものを指すらしい。【1品目】で紹介した元実家の食堂のメニューには「かやくうどん」というのがあるが、これは東京でいう「おかめ」のこと。メニュー表記は「かやく」なのに、厨房に注文を通すときには「しっぽく」と呼んでいた。

 ことほどさように、東京と大阪ではうどん・そばだけでもずいぶん違う。ほかにもいろいろ違いはあって、東京で「肉」といえば基本は豚だが、大阪では牛である。したがって、東京でいう「肉まん」は大阪では「豚まん」、東京の「牛丼」は大阪では「肉丼」だ。子供の頃に大阪進出してきた吉野家のCMをテレビで見て、「牛丼って何なん? 肉丼とは違うん?」と思ったのを覚えている。「他人丼」も大阪では牛肉を使うが、東京では豚肉のところが多い。ウチの店の他人丼はもちろん牛だったし、「肉いため」の肉も豚ではなく牛だった。その肉いために生卵を落としてすき焼き風にして食べると、これがまたうまい。

 卵といえば、ウチの店のカレーライスにはデフォルトで生卵がトッピングされていた。織田作之助が通ったことで有名な「自由軒」の名物カレーにも生卵がのっているので、それを真似たのかもしれないが、ウチだけでなく大阪ではカレーに生卵は定番だ。東京だと、ゆで玉子か目玉焼きのほうが多数派だろう。大阪ではざるそばのつゆにうずらの生卵を入れるのも定番。大阪人には「生卵が入ってると豪華」「精がつく」みたいな生卵信仰があるように思われる。 

 精がつくとされる食材の一種であるうなぎも、西と東では調理法が違う。知ってる人は知ってると思うけど、関東は背開きで蒸してから焼き、関西は腹開きで蒸さずに焼く。そのため関東のうなぎはふっくら、関西はパリッとした味わいが特徴だ。俗に「江戸は武家文化だから切腹を連想させる腹開きは避けて背開きに、商人文化の大阪は腹を割って話すのがよしとされるので腹開きに」と言われるが、真偽のほどはわからない。 

 しかし、西は西でも長崎まで行くと、またちょっと違う。妻が長崎県諫早市出身なので何度か行ったことがあるのだが、とある法事の際、うなぎ料理屋で食事会があった。そこで出されたうなぎはお重ではなく独特の形の陶製の器に入っていて、二重底になった下の段にはお湯が入っている。湯気でうなぎが蒸されてふっくらすると同時に冷めにくくする仕掛けだという。確かに、うな重やうな丼のようにご飯の上にのってればともかく、お重に入ったうなぎはわりとすぐに冷めてしまう。だからといって、そんな専用容器を作ってしまう“うなぎ愛”には頭が下がる(あとで調べたら長崎の中でも諫早特有らしい)。

次のページ妻のソウルフードは諫早駅前の食堂の「ごぼ天うどん」

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新保信長 著『食堂生まれ、外食育ち

作家・平松洋子さん推薦!!

「気配をスッと消し、食の現場をニヤリと斬る。

選ばしし外食者の至芸がすごい。」

外食歴50年超の著者が綴る異色の外食エッセイ!
一口に「外食」と言っても、いろんなシチュエーションがある。子供の頃に親に連れていかれたデパートの大食堂。夜遅く仕事帰りに一人で入る牛丼屋。ここぞというデートや記念日に予約して行ったレストラン。気の置けない仲間と行く居酒屋。たまの贅沢のカウンターの寿司屋。出先でたまたま入った定食屋。近所のなじみの中華屋や焼き鳥屋……。
誰もが心当たりあるような懐かしくも愛しき「外食の時空間」への旅が始まる!

カバー&本文イラスト描いたイラストレーターおくやまゆかさん。

イラストが最高に愉快!(全50点収録)

目次

序 「今日のごはん何?」と聞いたことがない

第1章 ノスタルジア食堂

1品目|外国人と鴨南蛮と中華そば
2品目|ランチタイム地獄変
3品目|「天丼」と「うどん天」と「シマ」
4品目|出前とデリバリー今昔物語
5品目|おでん定食というギャンブル
6品目|ハンバーグ記念日
7品目|おいしい味噌汁の条件
8品目|最高のおやつ
9品目|校外学舎の悲しき夕食
10品目|わんこスイカ
11品目|ところ変われば品変わる
12品目|「恵方巻」と「丸かぶり」
13品目|ちくわぶとはんぺん
14品目|「肉じゃが=おふくろの味」って誰が決めた?
15品目|スマホがなかった時代
16品目|Gに気をつけろ!

第2章 私が通りすぎた店

17品目|あの素晴らしい寿司屋をもう一度
18品目|気まぐれすぎる女将
19品目|選択肢のない店
20品目|日本一大きいビアガーデン
21品目|カニ・マイ・ラブ
22品目|国会図書館でナポリタンを
23品目|夫婦の肖像
24品目|サハリンの夜
25品目|インドで大炎上
26品目|開幕前の至福の宴
27品目|私がスポーツジムに通う理由
28品目|かわいそうな寿司屋とその弟子
29品目|残業メシ格差
30品目|よそンちの食卓はつらいよ
31品目|大食いと早食い
32品目| BGMも味のうち?

第3章 外食の流儀

33品目|大盛りはうれしくない
34品目|取り皿問題
35品目|デザート嫌い
36品目|お熱いのはお好き?
37品目|器のTPO
38品目|あんまり尽くされても困る
39品目|スパゲティがパスタに変わった日
40品目|何をかけるか問題
41品目|どの席に座るか問題
42品目|酒飲み認定
43品目|11人きた!
44品目|硬と軟
45品目|人はだいたい同じものを注文する
46品目|トングどっち向きに置く?
47品目|箸と愛国
48品目|ステキなタイミング
おわりに 入れなかったあの店の話

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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