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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【4品目】あの素晴らしい寿司屋をもう一度

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」4品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。「いつかあの時の〝外食〟の時空間」にあなたをタイムスリップ。それでは【4品目】「あの素晴らしい寿司屋をもう一度」をご賞味あれ。


イラスト:おくやま ゆか

 

【4品目】あの素晴らしい寿司屋をもう一度

 

 一口に「外食」と言っても、いろんなシチュエーションがある。子供の頃に親に連れていかれたデパートの大食堂。夜遅く仕事帰りに一人で入る牛丼屋。ここぞというデートや記念日に予約して行ったレストラン。気の置けない仲間と行く居酒屋。たまの贅沢のカウンターの寿司屋。出先でたまたま入った定食屋。近所のなじみの中華屋や焼き鳥屋……。

 初めての土地でもチェーン店なら日常の味だし、近所の店でも新規開店のちょっと高級っぽい店なら非日常だ。2年ほど前に近所にオープンした寿司屋は開店準備中に店頭に貼られていたチラシによれば「コースのみ お一人様2万5000円~」で、予想をはるかに超えた高級っぷりに白目をむきつつも一度はチャレンジしてみるかと様子をうかがってるうちにコロナ禍に突入し、まだ入ったことがない。

 銀座じゃあるまいし、そんな強気の価格設定で、ましてやコロナ禍ではすぐつぶれるだろうと思いきや、今も健在なのでよほどおいしいのかもしれない。コロナが収束したら何か特別な日に行ってみたいが、それだけ払って「普通においしい」程度だったらちょっと困る。銀座・数寄屋橋の超有名店も、正直大したことなくてガッカリした。寿司じゃなくて客のほうがベルトコンベアに乗せられているかのようなシステムにも呆れた。出版社のおごりだったので愛想笑いを浮かべながら静かに食べたが、自腹だったら嫌みのひとつも言っていたかもしれない。

 その点、非日常の一見の店で最高だったのが、大阪・梅田の某寿司屋である。「某」と書いたのは、別にボカしたいわけでなく、店名を覚えていないのだ。高校までは大阪で暮らしていた私だが、高校生の行動範囲なんてたかが知れている。前回書いたとおり一人で外食は普通にしていたものの、今と違って回転ずしなどない時代。金銭的にも雰囲気的にもさすがに寿司屋の敷居は高かった。したがって、その店に入ったのは大人になってから。というか、結婚してからの話である。

 2005年、岡田彰布監督率いる阪神タイガースが優勝した年に我々は入籍した。妻はもともと野球に興味はなかったが、私を含めた阪神ファンの生態には興味が湧いたらしく、毎年2回ぐらいは甲子園での野球観戦に付き合ってくれるようになった。

 そして、ある年のこと。せっかくチケットを取り、ホテルも予約し、新幹線に乗って勇躍大阪に乗り込んだにもかかわらず、試合は雨天中止になってしまった。我らが阪神タイガースも天気には勝てないのでしょうがない。やむなくホテルで一服してから、せめて晩飯を楽しもうということで、梅田の街に繰り出した。

 鶴橋の焼き肉もいいなと思ったが、雨も降ってるし近場で済ませたい気持ちもあり、アーケードのある阪急東通り商店街をブラブラしつつよさげな店を探す。甲子園に行ってればビールに名物の焼き鳥をキメてるはず。ということで、とりあえず目についた串焼き屋に入ったのだが、可もなく不可もなく“普通”であった。時間もまだ早いし、この店でフィニッシュするのはつまらないという話になり、そこそこに切り上げ探索を続ける。

次のページそこで見つけたのが、某寿司屋だった・・・

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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