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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【3品目】おでん定食というギャンブル

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」3品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。「いつかあの時の〝外食〟の時空間」にあなたをタイムスリップさせてしまうかも・・・。それでは【3品目】「おでん定食というギャンブル」をご賞味あれ。


イラスト:おくやま ゆか

 

 初めて一人で外食したのはいつ、どんな店だったか、皆さんご記憶ありますか?

 ……と書き出すからには、当然おまえは覚えているのだろうなと思われるかもしれないが、実は全然覚えてないのであった。何しろ中学生のときには普通にソロ外食していたし、どうかすると小学5~6年生で初体験を済ませていた可能性もある。

 ウチの実家の食堂は日曜・祝日が定休日だった。学校も休みだから、たいてい9時とか10時ぐらいまで寝ている。起きると、すでに両親の姿はない。休みの日には高確率で趣味のゴルフに出かけていた。せっかくの休みに朝早くからご苦労なことである。

 しかし、私にとってはラッキーデーだ。なぜなら、食事代として千円札が1枚、居間のテーブルに置いてあるから。昭和のあの頃、千円あれば朝昼兼用のごはんを食べて、おやつを買ってもまだ残った。残った分は小遣いとしてそのままもらえるという夢のシステムで、子供にとってこんなにうれしいことはない。

 そこで、一人で外食することになるわけだ。普段食べているウチの店の料理も外食といえば外食だが、やはりヨソの店で食べる“本当の外食”は格別の楽しみがある。幼い頃から親に連れられてデパートの大食堂や近場のレストランなどに入った経験は何度もあるので、外食自体には慣れていたし、客としての作法も何となくわかっていた。中学生(もしかしたら小学生)が一人で入っても店の人が特に気にしない感じだったのは土地柄か。

 当時はまだファミレスやファストフードのチェーン店もあまりなくて、インディーズ系の店がほとんどだった。よく行っていたのはドージマ地下センター(通称ドーチカ)という地下商店街のラーメン屋。店名は忘れたが、ラーメンよりも焼きそば定食がマイ・フェイバリットだった。「焼きそば定食て!」というツッコミが聞こえそうだが、大阪では麵類にごはんの組み合わせは定番である。その店の焼きそば定食は、ソース焼きそばにごはんとみそ汁とお新香のセットだった。みそ汁は赤だしだった気がする。ウチの店の焼きそばはソース焼きそばではなく、上海焼きそばに近い(が、そのものではない謎の味わいの)ものだったので、ソース焼きそばは新鮮だった。

 同じ店で、ある日、焼きそば定食ではなくラーメンを頼んだことがある。今も昔も塩ラーメンが好きなので、塩を頼んだのだと思う。が、出てきたラーメンは味がなかった。今なら新型コロナ感染を疑うところだが、そうではない。限りなく透明に近いゴールドの澄んだスープは、何度味わってもただのお湯としか思えないシロモノだった。

 おそらくタレを入れ忘れたのだろう。が、当時の私にはわかるはずもない。中学生(もしくは小学生)の身では「これ、味しないんですけど」と店の人に言うのも気が引けて、釈然としないながらも無理やり完食したのであった。

 ドーチカでは「インデアンカレー」も行きつけの店のひとつだった。「インディアン」ではなく「インデアン」。関西では有名店で2005年には東京にも出店している。初めて入ったのは小学3~4年生ぐらいだったか。4歳上の姉に連れていかれた。そのときは「こんな辛いもん食えるか!」と思ったが、中学生ぐらいになると最初ほんのり甘くてあとからジワッとくる辛さが病みつきになる。ドーチカの店は今も健在だ。

 

次のページ問題なのは、おでん3品は基本お任せで自分では選べない・・・

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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