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新保信長の新連載『食堂生まれ、外食育ち』【1品目】「今日のごはん何?」と聞いたことがない

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」1品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく連載エッセイがスタート。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマは、あなたを「いつかあの時の〝外食〟の時空間」にタイムスリップさせてしまうかも……。さあ、それでは【1品目】「『今日のごはん何?」』と聞いたことがない」をご賞味あれ。


実家の食堂「丸万」の前にて、当時の店員さんと筆者(3~4歳頃か?)。抱っこしてるのは母親にあらず。

 

 あれは小学校1年生のときだったと思う。社会の教科書に一枚のイラストが載っていた。一戸建ての家を庭側から捉えた構図で、手前で小学生ぐらいの男の子が庭掃除をしている。掃き出し窓の向こうのダイニングキッチンにはエプロン姿のお母さんらしき女性が笑顔でたたずむ。その奥に見える玄関では背広にネクタイ姿でビジネスバッグを持ったお父さんらしき男性が片手を上げている。

 さて、これはどういう場面でしょう――というのが問題だ。教科書じゃなくてテストだったかもしれない。いずれにしても、自分にとって見慣れない光景であった。ウチの家には庭なんてないし、ダイニングキッチン的な空間もない。お父さんは普段は背広を着ないしネクタイもしない。しかし、アニメの『サザエさん』などを見ていた私には「普通の家ではお父さんが背広にネクタイを締めて会社に行くものである」という知識はあった。

 そこで私は自信満々に「夕方、お父さんが会社から帰ってきたところ」と答えたら、なんとバツだったのである。正解は「朝、お父さんが会社に出かけるところ」だった。

 いやいやいや! 朝のバタバタしてる時間に子供が庭掃除とかする? どんだけいい子やねん! お父さんもお父さんで、子供の学校よりたぶん遠いであろう会社に行くのに、そんなにのんびりしてて大丈夫なの? そもそも何を根拠に夕方じゃなくて朝と判断するの? それが“普通の家”の正解なら、やっぱりウチは普通じゃないんだな……と子供心に思ったのをいまだにしつこく覚えている。

 ウチの実家は大阪・梅田の食堂だった。住所でいえば「曽根崎新地」。ただし、繁華街として知られるキタ新地とは少し離れていて、「堂島」と言ったほうが大阪の人にはわかりやすいだろう。中学生の頃、夜にゴミ出しに行ったら通りすがりの酔っぱらいに「兄ちゃん、トルコどこや?」と聞かれて「あっちのほうにあると思いますけど」とキタ新地のほうを指さしたのも、今となってはいい思い出だ(トルコ=今でいうソープランド)。

 周辺はオフィス街で民家はほぼない。昼間人口は多くても居住者は少なく、子供の数も少ない。小学校に入学したときの同級生は自分を入れて19人。八百屋の娘、洋品店の娘、モータープール(駐車場)の息子など、自営業の子が多かった。自分だけでなく、同級生の多く(最大でも19人だが)にとって「お父さんが朝、会社に行く」というのはフィクションの世界でしか見たことない場面だったのではないか。

 数少ない同級生も、いろんな事情でさらに減って、卒業時には13人になっていた。どこの山奥の分校かって話である。その小学校も、とっくの昔に廃校になってしまった(校歌が作詞・北原白秋、作曲・山田耕筰、卒業生に森繁久彌がいるというのはちょっと自慢)。

 そういう場所で、物心ついたときには食堂の息子だったわけである。幼稚園の頃のことはあまり覚えていないが、小学校から高校を卒業して東京の大学に進学するまでは、そこで暮らしていた。1階が店舗で、2階と3階が住居。ただし、2階、3階も純粋に住居スペースではなく、従業員の更衣室があり、米や小麦粉、食器や割り箸などのストックの保管場所としても使われていた。さほど広い店ではなかったが、4人掛けのテーブルを9台詰め込んで、トイレの入り口部分だけはイスを置かなかったので35席。うどん・そば、丼物やカレーライス、各種定食から寿司まで出す、いわゆる大衆食堂だ。

次のページしたがって、お父さんは会社に行かない・・・

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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