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世界のエリートはみなヤギを飼っていた【第2回】「レイの不吉な火曜日」田中真知×中田考コラボ小説

「世界のエリートはみなヤギを飼っていた」田中真知×中田考によるウイズコロナ小説【第2回】


「バカとは、自分をヘビだと勘違いしたミミズ」「人間はみなダメです。(中略)ダメなのは、何も知らないことではなく、知るべきことを知らないことです。知るべきことを知らない者をバカと言います。知るべきことを知らない者はどんなに物知りでも高学歴でもバカであり、知るべきことさえ知っている者は誰でもたとえ他に何一つ知らなくとも賢者です。」―――イスラーム法学者で博覧強記の怪人・中田考氏を、作家の田中真知氏が徹底インタビューして編まれた極辛劇薬人生論『みんなちがって、みんなダメ』(KKベストセラーズ)はベストセラーに。その後続編が期待され続け、ついに誕生したのが「田中真知×中田考によるウイズコロナ小説『世界のエリートはみなヤギを飼っていた』。突如スタートした連載第1回】「リュウがカーナビと言い争って高速道路の星をめざすこと」が大反響のまま、第2回へ・・・


「世界のエリートはみなヤギを飼っていた」

■第2回 レイの不吉な火曜日

 

 

 火曜日は不吉だ。

 混雑した電車のドアに押し付けられ、流れていく雑居ビル群を眺めながらレイはつぶやいた。

 そう、たいてい面倒が起きるのは火曜日だ。

 過去に交通事故にあったのも、ふられたのも、財布を失くしたのも、なぜか火曜日だった。

 そして、今日はといえば、先ほどから腰からお尻のあたりに不審な圧迫感がある。

 最初はほとんど動かなかったその圧迫感が、電車の揺れに合わせて小さな輪を描きはじめた。

 自然な揺れをよそおっているのだろうが、不自然きわまりない。

 おぞましい火曜日。

 密着を避けなくてはならないこの時期に、なんてやつだ。自分の性欲くらい、自分でなんとかしろよ。おまえのようなやつこそ世間の迷惑にならないように在宅ワークしていろよ。

 怒りがこみ上げてきて、レイは舌打ちした。

 背後の動きが止まった。

 車両がカーブにさしかかってがくんと揺れた。

 それに合わせてふたたび輪を描くような感触があった。

 どこで線路がカーブし、どこで電車が揺れるのかも計算済みらしい。

 C感染症の流行がはじまってから、電車が空いて痴漢も激減した。その点だけはレイはC感染症に感謝していた。

 今日の火曜日をとどこおりなく過ごせたら、レイは、それを祝して美容院で髪をセットするつもりだった。

 それから、前からほしかった私の好きなアクアマリンをあしらったネックレスを買って、来週は婚活サイトのオンラインパーティーに参加する予定だった。そこで完璧な出会いが待っていないはずはなかった。

 だが、それには火曜日が不吉であってはならない。

 今日をクリアすれば、自分は火曜日の呪いから解放され、明るい未来が待っている。なぜか、レイはそう確信していた。

 そのためにこれまで努力もしてきた。

 痴漢にねらわれないように、おしゃれも化粧もせず、髪も中学のときのような、ぼさぼさのおかっぱ頭にして、自分をダサく見せるよう努めてきた。

 ずぼらだからではなく、わざとそうしているのだ、とレイは自分にいい聞かせてきた。

 それは輝かしい未来を切り開く遠大な計画への布石だった。

 ところが、その計画をこいつは台無しにしたのだ。

 痴漢されたことことより、乙女の涙ぐましい努力と計画をつぶされたことががまんならなかった。

 許せない。

 レイはバッグから先の鋭く尖ったピンセットを取り出して握りしめた。

 車両が揺れて背後の圧力が強まったときを見計らって、その手を後ろにまわし、気持ちの悪い感触のするあたりに器具を突き立てた。

 「うっ!」

 押し殺すような呻き声とともに圧迫感が消えた。

 レイは手にしたものを無言でバッグに戻した。先が鈎状になった医療用のピンセットだった。

 

次のページ電車を降りると、むっとした夏の空気が全身を包んだ。

KEYWORDS:

第1章  あなたが不幸なのはバカだから

承認欲求という病
生きているとは、すでに承認されていること
信仰があると承認欲求はいらなくなる
ツイッターでの議論は無意味
教育するとバカになる
学校は洗脳機関
バカとは、自分をヘビだと勘ちがいしたミミズ
答えなんかない
あなたが不幸なのはバカだから
「テロは良くない」がなぜダメな議論なのか
みんなちがって、みんなダメ
「気づき」は救済とは関係ない
賢さの三つの条件
神がいなければ「すべきこと」など存在しない
勤勉に働けばなんとかなる?

第2章  自由という名の奴隷

トランプ現象の意味
世界が「平等化」する?
努力しないと「平等」になれない
「滅んでもかまわない」と「滅ぼしてしまえ」はちがう
自由とは「奴隷でない」ということ
西洋とイスラーム世界の奴隷制のちがい
神の奴隷、人の奴隷
サウジアラビアの元奴隷はどこへ?
人間の機械化こそが奴隷化
人間による人間への強制こそが問題

第3章  宗教は死ぬための技法

老人は迷惑
老人から権力を奪え
老人は置かれ場所で枯れなさい
社会保障はいらない
宗教は死ぬための技法
自分に価値がない地点に降りていくのが宗教
もらうより、あげるほうが楽しい
お金をあげても助けにはならない
「働かざる者、食うべからず」はイスラーム社会ではありえない
なぜ生活保護を受けない?
金がないと結婚できないは噓
結婚は制度設計
洗脳から逃れるのはむずかしい
幸せを手放せば幸せになれる

第4章  バカが幸せに生きるには

死なない灘高生
寅さんと「ONE PIECE」
あいさつすると人生が変わる?
視野の狭いリベラル
夢は叶わないとわかっているからいい
「すべきこと」をしているから生きられる
バカが幸せに生きるには
三年寝太郎のいる意味
バカと魯鈍とリベラリズム
教育とは役立つバカをつくること
例外が本質を表す
言葉の暴力なんてない
言論の自由には実体がない
バカがAIを作れば、バカなAIができる
差別と区別にちがいはない
あらゆる価値観は恣意的なもの
『キングダム』の時代が近づいている
人間に「生きる権利」などない

第5章  長いものに巻かれれば幸せになれる?

理想は「周りのマネをする」と「親分についていく」
自分より優れた人間を見つけるのが重要
身の程を知れ
長いものには巻かれろ
ほとんどの問題は、頭の中だけで解決できる
権威に逆らう人間は少数派であるべき
たい焼きを配ることで生まれる価値
大多数の人にコペルニクスは参考にならない
為政者が暗殺されるのはいい社会?
謙虚なダメと傲慢なダメはちがう
迫害されても隣の人のマネを貫き通す

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田中真知×中田考

たなかまち,なかたこう

作家,イスラーム法学者

田中真知 たなか・まち

作家、翻訳家。あひる商会代表。一九六〇年東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。一九九〇年より一九九七年までエジプトに在住。アフリカ・中東各地を取材・旅行して回る。著書に『アフリカ旅物語』(北東部編・中南部編)、『ある夜、ピラミッドで』、『孤独な鳥はやさしくうたう』、『美しいをさがす旅にでよう』、『たまたまザイール、またコンゴ』(第一回斎藤茂太賞特別賞を受賞)旅立つには最高の日』、『増補 へんな毒 すごい毒』、訳書にグラハム・ハンコック『神の刻印』、ジョナサン・コット『転生 古代エジプトから甦った女考古学者』など。現在、立教大学講師も務めている。

 

 

 

中田考 なかた・こう

イスラーム法学者。一九六〇年生まれ。イブン・ハルドゥーン大学客員教授。八三年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、二〇代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。近著に『イスラームの論理』、『イスラーム入門』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『みんなちがって、みんなダメ〜身の程を知る劇薬人生論』、『タリバン 復権の真実』など。

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