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ステキなタイミング【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」49品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」49品目

 

 料理を出す順番とタイミングは、とても重要だと思っている。むしろ味より大事かもしれないぐらいのレベル。ランチの定食や丼ものなどひとつのトレーに載せて出すのが前提のものは別にして、たとえば仕事帰りにラーメン屋に入って、ビールと餃子とラーメンを頼んだときに、ビール、ラーメン、しばらくして餃子が出てくることは少なくない。餃子をつまみにビールを飲んでシメにラーメンを食べたい人間からすればありえない暴挙である。それで悲しい思いを経験して、こっちも学習した。

  調理工程的に考えれば、餃子が一番時間がかかるのは理の当然。なので、そういう場合はまずビールと餃子を頼んで、頃合いを見計らって追加でラーメンを頼む。もしくは「ビールと餃子、あとでラーメンお願いします」と頼めば、気の利いた店ならこちらの様子をうかがって、よきところで「ラーメンお作りしますか」と聞いてくれる。高級レストランでなくても、飲食店にはその程度のデリカシーとリテラシーがあってほしい。

 そういえば、人気の南インド料理店「エリックサウス」総料理長・稲田俊輔氏が、著書『お客さん物語』の中で、こんなことを書いていた。

〈これまで、いろいろなジャンルのお店をやってきました。和食に始まり、フレンチや各種エスニック、どの店にもコース料理はありましたし、アラカルトで頼まれても、基本的には順番を考えてタイミングよくそれを仕上げて出すことは使命でした〉

 ですよねー、と大いにうなずく。「コース料理受難の時代」と題された項の記述で、そこに書かれたコース料理嫌いの人とは別の理由で私もコースよりアラカルトを好むのだが、「順番を考えてタイミングよく」出してほしいとは切に願う。若い人は知らないと思うけど、「この世で一番かんじんなのはステキなタイミング」と坂本九も歌っている。クレージーキャッツの植木等も「人生で大事な事はタイミングにC調に無責任」と歌う。それぐらいタイミングは大事なのである。

 とはいえ、そこにはもちろん好みの問題もある。イタリアンではパスタはメインの前というのがセオリーだが、個人的には炭水化物=シメの意識があって、できればメイン→パスタの順にしてほしい。私以外にもそういう人は多いと思われ、お店によっては「パスタはメインの前と後、どちらがよろしいですか?」と聞いてくれるところもある。ワインは白→赤の順で飲みたいので、パスタとメインがどちらに合うかによっても答えは変わる。そうした柔軟性はあっていい。

 【17品目】で触れた姫野カオルコさん提案の「さかのぼりコース和食」(和食コースを通常とは逆に揚げ物からスタートする)も、最初はビールだからそれに合う揚げ物から始めたいという“酒ありき”の発想だ。一方、酒を飲まない人の場合は「最初からごはん持ってきてくれればいいのに……」と思うこともあるだろう。同じく作家の新井素子さんのエッセイで、お酒も飲むけど刺身やてんぷらをおかずにごはんも食べたい、でも「ごはんください」と言うともう飲まないと思われる……というジレンマを綴ったものもあった。

 実に人それぞれで、万人が満足する順番やタイミングはないのかもしれない。それでも私は理想の店を求めて、今日も外食するのである。

 

文:新保信長

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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