新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【17品目】デザート嫌い |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【17品目】デザート嫌い

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」17品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【17品目】「デザート嫌い」をご賞味あれ!


イラスト:おくやま ゆか

 

 

【17品目】デザート嫌い

 

 姫野カオルコさんの『ケーキ嫌い』(光文社文庫)を読んだ。食にまつわるエッセイ集だが、これがめっぽう面白い。ただ面白いだけでなく、我が意を得たりとひざを連打する場面が多数ある。たとえば「好きな食べ物・嫌いな食べ物」の項で、嫌いなものの筆頭に「アスティと回転寿司のエンガワ」を挙げているのには、深くうなずきつつ「そうきたか!」と感心もした。

 知ってる人は知ってると思うけど、アスティというのは甘ったるいだけのスパークリングワイン(もどき)で、〈あれが私は、グラス一杯も飲めない。ひとくちで降参だ〉と姫野氏は言う。回転寿司のエンガワ(と称するもの)も同じく〈ひとくちで降参だ。不審な生臭さがするのだが……〉と記す。言われてみればまったくそのとおりで共感しかないし、ピンポイントでこの2つがすっと出てくる記憶の引き出しの滑らかさが素晴らしい。

「酒飲みと、飲まない人は、味の好みが根本的に違う」の項にも全面的に同意する。〈左党=酒といっしょに食べておいしいように、まず考える。下戸=ごはんと食べておいしいように、まず考える〉というのは本当にそう。酒を飲まない人に「あそこはおいしいよ」とおすすめされた店は(自分にとっては)だいたいイマイチだ。

 飲食をテーマにした雑誌からの〈あなたにとって《いい店》とは、どんな店ですか?〉との質問に対する〈まとわりつかない店〉という回答もよくわかる。姫野氏自身は禁煙の店にしか行かないが飲食店全部を禁煙にする必要はないという主張にも賛成だ。もちろん食の嗜好は人それぞれなので、「さかのぼりコース和食」(和食コースを通常とは逆に揚げ物からスタートする)の提案やポテチへの偏愛など、首肯しかねる部分も少なくないが、「この人と飲みたい!」と思わせるには十分な魅惑と刺激に満ちたエッセイ集であった。

 なかでも他人事と思えなかったのが、表題にもなっている「ケーキ嫌い」の項である。著者がまだ若く貧しかった時代、安くておいしい日替わりランチ目当てに通っていた喫茶店で人の好い店主ご夫妻がサービスとして出してくれるケーキ。幼い頃、学校行事の準備の手伝いをしたごほうびに先生がくれたクリームパン。作家となった今、手土産として渡される菓子折り。気持ちはありがたい。が、著者にとってそれらは困惑のタネでしかない。なぜならケーキ類が嫌いだから……。

 そういった場面で「ケーキは嫌いなんです」とはなかなか言えず、ちょっとずつ口に入れては水で流し込んだり、食べたふりしてポケットにねじ込んだりしてきた著者は訴える。なぜ世間の人は「ケーキが嫌いな人もいるかもしれない」と考えないのか、なぜ「女の人はケーキが好き」と思い込んでいるのか、と。

 これには頸椎ヘルニアを発症しそうなくらいうなずいた。世の中にはケーキ好きな男性もいるし、近年は「スイーツ男子」なんて言葉もあるぐらいだが、私個人は姫野氏同様ケーキは嫌い――というか苦手である。特に生クリームがダメで、食べると脂汗が出て気持ち悪くなる。カスタードやバター系はそうでもないしチーズやヨーグルトは好きなので別に乳製品アレルギーとかではないと思うのだが、とにかく生クリームを使ったケーキは食べたくない。それ以外のケーキも積極的には食べたくない。

 まあ、立場的に手土産でケーキをもらうようなことはほとんどないが、困るのはランチサービスやコース料理のデザートとしてケーキ的なものが出てくるケースである。生クリームを使ったケーキじゃなくても、いわゆるスイーツ的なものが最後に出てくることは多い。フレンチやイタリアンだけじゃなく、和食でも何かしらのデザートが出てくる。

次のページあれはいったい何なのか

KEYWORDS:

オススメ記事

新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

字が汚い! (文春文庫 し 68-1)
字が汚い! (文春文庫 し 68-1)
  • 新保 信長
  • 2020.10.07
声が通らない!
声が通らない!
  • 新保 信長
  • 2020.11.11