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箸と愛国【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」48品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」48品目

  

 私自身は、小学校の低学年ぐらいまでは子供用のプラスチックの箸を使っていたが、それ以降は店の割り箸か、両端が細くなってる正月用の祝い箸をそのまま使い回す感じだった。家族そろって食卓を囲むということが正月ぐらいしかなかったので、箸の持ち方もしっかり教えられた記憶がなく、いわゆる“正しい持ち方”とは中指の当て方が少し違う。それでも箸先はきちんと合うし、豆粒だろうが何だろうが自在につまめるので機能的にはまったく問題ない。 

 しかしながら、箸の持ち方にダメ出しする人はめちゃくちゃ多い。文字どおり「箸の上げ下ろし」にもうるさいのだ。『いまさら聞けない箸の持ち方レッスン』『いまさら聞けない美しい箸の使い方』なんて本もあるほどで、それで一冊の本を作れることに逆に驚く。持ち方だけにとどまらず、「指し箸」「寄せ箸」「迷い箸」「探り箸」「移り箸」「涙箸」など、箸の扱い方に関するNGマナーは枚挙にいとまない。

 一定層の日本人にとって、箸は大事な民族的アイデンティティとなっている。どう見ても保守ではなく(今の自称「保守」はまた別物だと思うが)リベラルな立場であるはずのブンケンさんですら、「箸不自由人間」と題して、箸の持ち方に難のある人を糾弾しているのだから、日本人の箸に対する執着は相当なものだ。

 そういえば、かつて「お箸の国の人だもの。」という広告コピーがあった。時はバブル真っ盛りの1989年、味の素のほんだしの広告で、イメージキャラクターには三田佳子を起用。味の素の公式サイトによれば、〈和食に欠かせない調味料としての「ほんだし」をアピール〉したコピーだという。箸といえば和食、和食といえばほんだし、というわけだ。 

 そもそも日本人が箸で食べるようになったのは飛鳥・奈良時代に中国から箸食文化が伝わってからなので、本家「お箸の国」は中国だ。ただし、中国や韓国は匙・スプーンとセットで使うのが普通であり、基本的に箸だけというのは日本独自のスタイルと言っていいかもしれない。そういう意味では確かに「お箸の国」である。「箸が転んでもおかしい」「箸にも棒にもかからぬ」「箸より重いものを持たない」といった慣用句が存在するのも、箸が生活の中に溶け込んでいる証だろう。 

 それはそれで結構なことだ。所作としての箸使いがきれいであるに越したことはないし、「指し箸」「寄せ箸」などのNGマナーには私も顔をしかめたくなる。が、その「お箸の国」を過剰に美化したがる人たちにも違和感を覚える。

〈日本人は、箸に始まり、箸に終わる民族です。/生まれて間もなくお食い初めでお箸を使い、それから幾度となく三度の食事に箸を使い、葬儀では、お骨を箸で拾い上げます。お供え物のご飯にはお箸を立てて供養します。/箸は日本人にとって生活の中に溶け込んだ必需品であると同時に、精神に根付いた非常に重要な道具であると言えます〉とは、ある箸専門店のサイトの記述。

 さらに〈端と端を繋ぐ「橋」、高所と地上を繋げる「はしご」など、「はし」という言葉は一方とまた一方を繋ぐ箸渡しをする道具に名付けられたものです。お箸も例外ではなく、箸先は人のもの、天部分は神様のものとして考えられていました。それ故に昔は食事の際にはお箸に神様が宿ると考えられていました。(中略)使うことにより、神様に感謝する、人と神様を結ぶ橋渡しの道具ということになります〉と続く。箸専門店として自分たちの扱う商品に誇りを持つのは当然にせよ、そこまで神聖視しなくても……と思ってしまう。

次のページ箸と日本人の精神を結び付け、やたら称揚する言説がいくつも出てくる

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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