硬と軟【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」43品目 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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硬と軟【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」43品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」43品目

 

 試しに「箸で切れる」で検索してみると、「お箸で切れるトロトロ角煮」「お箸で切れるとろけるビーフシチュー」「お箸で切れるヒレステーキ」「お箸で切れるローストビーフ」「お箸で切れるロールキャベツ」、あげくの果ては「お箸で切れる極上とんかつ」なんてのまで出るわ出るわ。そんなに何でもお箸で切りたいか? ナイフの立場を考えたことがあるのか? とツッコみたくもなる。

 いや、それはおまえが「箸で切れる」で検索するからだろ、と言われれば返す言葉がない。が、じゃあ「硬い肉」で検索するとどうかというと、「お肉をやわらかくする方法10選」「スーパーの安くて硬いステーキがやわらかく」「みんなの『硬い肉 やわらかく』レシピ」とか、そんなんばっかり出てくるのであった。

  そらまあ、いくら噛んでも噛み切れないような硬い肉はどうかとは思う。こないだ食べた牛すじ肉がそうだった。イカやタコでも噛み切れないのがたまにある。ウチの実家の食堂のにぎり寿司のイカがわりとそうで、中学生ぐらいの頃、あまりに噛み切れないのを吐き出してゴミ箱に捨てたら当時飼っていた猫が食べようとして、「それ食っちゃダメー!」と激しい奪い合いになったことがあった(猫にイカはNGです)。タコのやわらか煮を家で作ろうとしてうまくいかず、カチカチになってしまったこともある。

  とはいえ、やわらかければいいってもんじゃないだろう、とも思うのだ。グルメ番組でリポーターが「口の中に入れた瞬間に溶けるみたいですー♡」と言うような霜降りの肉は確かにうまい。が、その分、脂っこさもあるし、フォワグラ的な不自然さを感じなくもない。それよりむしろ、私のような昭和育ちの中年男にとっては、歯応えのある赤身肉のほうが「肉!」って感じがする。ホルモンでは、コリコリ食感のウルッテ(牛のノドの軟骨)が好き。なかなか扱っている店がないが、メニューにあったら必ず注文する。

  ステーキだけでなくハンバーグやソーセージについても同様だ。絹びきのやわらかいものより粗びきのゴツゴツしたのがいい。昔、近所にあった安いステーキハウスで、白人の男性客がハンバーグに何やらクレームをつけているのを見たことがあるが、あれはきっと「こんなのはハンバーグじゃない!」と言っていたに違いない。その店のハンバーグは、つなぎたっぷりでボリュームを増したやわやわのやつだった。あんなハンバーグは、たぶん海外にはないのだろう。

次のページあまりやわらかくて口当たりのいいものばかり食べていると・・・

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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