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硬と軟【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」43品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」43品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【43品目】「硬と軟」をご賞味あれ!


イラスト:おくやま ゆか

 

【43品目】硬と軟

 

 世の中は硬と軟とに分けられる。野球やテニスには硬式と軟式があるし、プラスチックには硬質と軟質があり、本や雑誌には硬派と軟派がある。膏薬には硬膏と軟膏があり、人体の部位でも硬口蓋と軟口蓋、硬膜と軟膜などがあるし、水にも硬水と軟水がある。

 アイスクリームでいえば、軟はその名のとおりソフトクリーム、硬はシンカンセンスゴイカタイアイスが代表格だ。今さら説明不要だろうけど、シンカンセンスゴイカタイアイスとは、東海道新幹線の車内で販売されるスジャータのカップアイスの愛称。空気含有量が少ない製法により密度が高く、しかもドライアイスで冷やした状態で販売されるため、スプーンがまるで刺さらない“スゴイカタイアイス”となっている。

 溶けたアイスほど残念なものはないわけで、すぐには溶けないあの硬さが人気の理由のひとつに違いない。本年(2023年)1031日をもって東海道新幹線のワゴン販売が廃止されるというニュースが流れた際には、「もうあの硬さは味わえないのか」と惜しむ声がネットにあふれた(ホームの自販機での販売はあるが、あそこまでの硬さはないという)。

 硬いアイスといえば、井村屋のあずきバーも負けてない。「サファイアより硬い」なんて都市伝説まで生まれるほどで、実際、うっかりかじると歯が折れそうになる。あずきバーは2023年がちょうど発売50周年。昔はそこまで硬くなかったそうで、「BUISINESS INSIDER」の記事(2023年6月30日配信)によれば、「(今の硬さは)時代の変化に合わせて、甘さを控えめにしてきた副産物なんです。砂糖が減る分、水分が増え、水が氷になり、硬さが増した。わざと硬くしたわけではなく、時代にあわせて原材料の使い方や割合を吟味してきた結果でもあります」という。

 しかしながら、この2つのアイス以外で、食べ物において硬さが肯定的に語られることはあまりない。うどんなら「コシがある」、ラーメンなら「バリカタ」など、麵類にはある程度、硬さというか歯応えを求める人も少なくないが、コンビニで売られてるプリンは「なめらか」「とろける」ばっかりだし、オムライスも同様だ。特に肉料理では「やわらか至上主義」とでも言いたくなるような風潮がある。

次のページやわらかければいいってもんじゃないだろう・・・

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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