残業メシ格差【新保信長】『食堂生まれ、外食育ち』38品目
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」38品目
もうひとつ驚いたのが、残業メシだ。当時の編集部では、夕方6時ぐらいになるとバイトさんが出前の注文を取りに来た。中華屋や弁当屋のメニューから好きなものを注文できる。しかも、自腹ではなく費用は会社持ち。残業食事代が200円上がって喜んでいた身からすれば、夢のようなシステムである。
中華丼、肉ナス炒め定食、カレーチャーハン、日替わり弁当などをよく食べた。特別うまいわけではないが、何しろタダだし、「こういうのでいいんだよ」という味だ。ただ、普通に働いているクリスマスイブの日替わり弁当に鶏もも焼きが入っていたときには、うれしいような侘びしいような複雑な気持ちになったりもした。
しかし、上には上がある。同じ頃、文藝春秋の「マルコポーロ」の編集も掛け持ちしていて、校了時期の夜に編集部にいると弁当を取ってくれることがあった。それが「え、料亭の仕出しですか?」と思うほど豪華なものだったのだ。器も紙とかプラスチックじゃなくて重箱。「これ、本当にお金払わずに食べちゃっていいんですか?」と心配になったが、周りの社員編集者たちは当たり前のような顔で食べている。
犬が会長の会社では「よほど致命的な間違いでない限り、色校で色文字や抜き文字は直すな」と言われていた(細かい説明は省くが修正にお金がかかるという理由)。が、文春では別に間違ってないのにデザイナーの指示で色文字の書体を平気で変えたりすることがあり、お大尽だなあと思ったものだ。取材経費に関しても私のそれまでの常識とは全然違って、同じ出版社といっても階級の差があることを痛感させられた。
「SPA!」の出前制度は、いつだったか忘れたが経費節減のため廃止され、私も契約を解除して久しい。「マルコポーロ」も編集長が花田紀凱氏に替わった時点で編集部を離れ、その後しばらくして休刊となった。犬が会長の会社は移転して、元の場所のビルも建て替わってホテルになっている。ストリートビューで見てみたら、よく行っていた中華屋はココイチになっていた。もちろん会長のハンゾウももういない。ハンゾウ崩御にまつわるエピソードや社長の武勇伝はほかにもあるのだが、それはまた別の機会に書ければと思う。
文:新保信長