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「ちくわぶとはんぺん」新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【28品目】

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」28品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【28品目】「ちくわぶとはんぺん」をご賞味あれ!


イラスト:おくやま ゆか

 

【28品目】ちくわぶとはんぺん

 

 おでんについては【3品目】でちょこっと書いた。しかし、そのときあえて触れなかったネタがある。ここで言う「ネタ」とは、おでんのネタと話のネタを掛けているわけだが、なぜ触れなかったかというと、なかなかデリケートなネタだからだ。支持派と不支持派の温度差が激しく、うっかり触れると火傷する。

 つまり、「ちくわぶ」と「はんぺん」の話である。両者に共通しているのは、私が生まれ育った大阪ではなじみの薄い食材である、という点だ。「ちくわぶ」という文字列を初めて目にしたのは中学生のとき、ちばてつやの『おれは鉄兵』というマンガの中だった。

 主人公の上杉鉄兵が寮生活している学校の食堂で、おでんがおかずに出る。「おっ きょうはおでんか おれ ちくわぶだいすきなんだ」と喜ぶ鉄兵のお皿は、やけに盛りがいい。しかもちくわぶが山盛りだ。不審がる級友に「そりゃ きみ おおいのをよってきたのよ」と返す鉄兵だが、「指がぬれてるぞ」と言われて「あ‥‥」とあわてて指をなめる。要は、よそのお皿からちくわぶをちょろまかしてきたわけである。

 このシーンを見たとき、最初は「ちくわ」の誤植かと思った。絵を見ても真ん中に穴が開いているし、ちくわっぽい。周りがナルトのようにギザギザになっているのはマンガ的な誇張表現なのかな、と子供心に思ったものだ。

 のちに世の中にはちくわぶというものが存在することを知り、大学進学で東京に来てからおでん屋で初めて食べた。自分で注文したわけではなく、盛り合わせ的な感じで出てきたか、誰かが注文したのを分けてもらったかしたのだと思う。そのときの感想を率直に言えば、「え、何食べてんの、オレ?」というものだった。「ぐにぐに」というか「ぬとぬと」というか、いわく言いがたい独特の食感を自分の脳内で処理できなかった。

  こういうことを言うとちくわぶ好きの人に怒られそうだが、好き嫌い以前に「意味がわからない」。しかし、そう思っているのは私だけではないようで、「週刊文春」連載の平松洋子さんのエッセイ「この味」に次のような一節があった。

〈「あたし、ちくわぶが好きなのよ。でも、そう言うと、結構な頻度でバカにされるのよね」/友人のK美が憤慨している。/「こないだなんか、“意味がわからない食品の最高峰。存在理由が不明”と断言されて、ちょっと待て、そこまで言われる筋合いはない、と売り言葉に買い言葉」〉(「週刊文春」2023年2月9日号)

 ほら、怒られた。でも、やっぱり意味がわからないと感じる人はいるのである。というか、平松さん自身が〈私も、初めてちくわぶに遭遇したとき「存在理由が不明」と首をかしげたクチ〉であると綴っている。その記事を読んだあと、近所のバーのマスターにちくわぶについてどう思うか聞いてみたら、「正直、必要性を感じない」との回答だった。平松さんは岡山、マスターは静岡の出身。ちくわぶは関東エリア1都6県でよく食べられている食材で、それ以外の地域(特に関西)の人間にとってはUCI(Unidentified Cooking Ingredient=未確認調理素材)なのである。 

 とはいえ、鉄兵やK美さんのように、ちくわぶが好きという人ももちろんいる。鉄兵は山奥育ちでちくわぶを食べる機会はなかったと思うのだが、きっとちば先生自身の好物なのだろう。ならば、私も少しはちくわぶのことを理解しようと思ってググッてみたところ、なんと「ちくわぶ料理研究家」と名乗り、ちくわぶの魅力を世界に発信している方がいた。東京の下町出身で「幼少期よりソウルフードのちくわぶを愛する」という丸山昌代さん。「I LOVEちくわぶ」というウェブサイトのほか、『ちくわぶの世界』(コロカラ/2019年)という著書もある。

 こういうマニアックな本は大好物なのでさっそく買って読んでみたら、当然ながらちくわぶ愛に満ち満ちていた。巻頭カラーのちくわぶ料理グラビアは正直あんまりそそられない(「ちくわぶカツ丼」とかますます意味わからん)が、老舗ちくわぶメーカーの工場ルポやちくわぶの歴史は「へえー」の連続で、ちくわぶにちょっと親近感が湧いてきた。人間同士でも何でもそうだが、相手を知ることは大事である。

 丸山さんいわく、〈ちくわぶは、ただの食材。扱い方によってとびきり美味しくなり、その反対に「味がしみてなくて粉っぽい」「食感がねちゃねちゃする」ようにもなってしまいます。/最初にそんな残念なちくわぶを口にしてしまって、ちくわぶ嫌いになってしまった方にもちくわぶの可能性をお伝えできたら嬉しいです〉。とりあえず赤羽に行けば、おいしいちくわぶが食べられるようなので、機会があれば行ってみたい。

次のページもうひとつの謎食材は・・・「はんぺん」

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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