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幻想が現実に打ち勝った「東京五輪」【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」32

2020「東京五輪」柔道メダリスト会見での阿部一二三選手。

 

◆感染で、私たちは一つになる

 

 202188日、2020年東京オリンピック大会(一年延期されても「2020年」なのです)が終了しました。

 日本選手が獲得したメダルの数は、金27個、銀14個、銅17個の計58個。

 

 アメリカ(113個)、中国(88個)、ロシア・オリンピック委員会(71個)、イギリス(65個)に続く数字です。

 ロシアではなく「ロシア・オリンピック委員会」となっているのは、同国が組織的なドーピング問題により、202212月まで主要国際大会に参加できなくなっているため。

 違反歴や疑惑のない選手のみ、「オリンピック委員会」名義のもと、個人資格で出場できるのです。

 

 金メダルに限れば、わが国はアメリカ、中国についで3位。

 これまでのメダル獲得記録は、総数が2016年リオデジャネイロ大会の41個、金メダルが1964年東京大会と2004年アテネ大会の16個でしたから、文句なしに過去最多です。

 

 ニッポン、スゴい!

 と、言いたいところですが・・・

 

 大会期間中にはコロナ感染も爆発的に増加。

 開催都市である東京には712日いらい、緊急事態宣言が発令されていたものの、82日には対象地域が拡大されて6都府県になります。

 ほとんどの競技を無観客で行ったため、観戦した者の数は非常に少なかったはずですが、ウイルスに感染する者は連日のように過去最多を更新。

 医療崩壊の危機が現実のものとなりました。

 

 今回の五輪、およびパラリンピック大会のスローガンは「United by Emotion(感動で、私たちは一つになる)」でしたが、日本人は感染でも一つになりつつある模様。

 英語なら「United by Infection」ですね。

 

 

◆国民的な意識の分裂

 

 感動を共有できれば、それは気持ちいいでしょう。

 とはいえ、ついでに感染まで共有するとなると話は別。

 政府や東京都は「五輪が感染拡大につながっているとの考え方はしていない」「五輪は感染拡大の直接の要因ではない」などという旨を主張していますが、こんな弁明をしなければならないことが、すべてを語っている。

 

(1)感染症の世界的流行、パンデミックが生じているさなかに、

(2)すでに感染が拡大したあげく、緊急事態宣言を発令せざるをえなくなっている都市で、

(3)国際的な規模のスポーツイベントを開催、感染拡大がさらに進んでもやめようとしなかった。

 

 問題はこの姿勢の是非にあるのです。

 2020年東京五輪は「命よりスポーツ」「医療崩壊のリスクより感動」という価値観の産物だったと評さねばなりません。

 

 しかるに注目されるのは、国民の多くがこの価値観に賛同するか、少なくとも否定はしていないように見えること。

 大会終盤の87日から8日にかけて、朝日新聞が行った世論調査をご覧下さい。

 

 今回の五輪が「安全、安心」に開催できたと思うかという質問にたいし、できたと答えた人は32%どまり。

 できなかったと答えた人は 54%にのぼりました。

 

 2020年東京五輪は「安全、安心」が旗印だったのですから、これは五輪開催を失敗と見なしている人が過半数に及ぶことを意味するはず。

 と・こ・ろ・が。

 

 オリンピックをやってよかったと思うかという質問にたいしては、56%の人が「よかった」と答えているのです!

 今度は「よくなかった」が32%どまり。

 

 1964年東京五輪の場合、閉幕直後に「(大会が)立派に行われた」と答えた人は84.6%、「大体は立派にいった」と答えた人まで合わせれば 100%に達したそうですから、今回はかなり落ちます。

 けれども、ポイントはそこではない。

 現在のわが国には、「2020年五輪は安全でも安心でもなかったが、やってよかった」と考える人々が、少なからず存在するのです。

 

 やはり87日から8日にかけてJNNが行った調査でも、結果はほとんど同じ。

 五輪が感染拡大につながったと思うかという質問にたいして、「つながったと思う」「ある程度つながったと思う」と答えた人は、あわせて60%に達しています。

 ところが五輪の評価となると、「開催してよかった」と「どちらかといえば開催してよかった」が61%を占めました。

 

 これは「命よりスポーツを選んだ」とか「医療崩壊のリスクより感動を選んだ」という話ではありません。

 両者の間に二者択一の関係があること自体を認めようとしない、という話なのです。

 「命は命、スポーツはスポーツ」「医療崩壊は医療崩壊、感動は感動」と、意識が分裂をきたして統合失調の状態になっている、そう形容することもできるでしょう。

 

次のページ現実否認で始まった2020年五輪

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佐藤 健志

さとう けんじ

佐藤健志(さとう・けんじ)
 1966年、東京生まれ。評論家・作家。東京大学教養学部卒業。
 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。
 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。
 主著に『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ)、『右の売国、左の亡国 2020s ファイナルカット』(経営科学出版)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)など。共著に『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』( VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』( PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年12月、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。
 2019年いらい、経営科学出版よりオンライン講座を配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻に続き、現在は『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻が制作されている。

 

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