スパゲティがパスタに変わった日【新保信長】『食堂生まれ、外食育ち』34品目
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」34品目
「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【34品目】「スパゲティがパスタに変わった日」をご賞味あれ!
【34品目】スパゲティがパスタに変わった日
食に関する本は好きでいろいろ手に取るが、タイトルで最も感心したのは『生まれた時からアルデンテ』(平凡社/2014年)だ。著者の平野紗季子さんは1991年生まれ。出版時点で23歳ということになる。その若さで本が出せるというのがまずすごい。私より27歳下であり、まさに親子ほどの年の差だ。そりゃもう、いろんな感覚が違って当たり前ではあるが、「生まれた時からアルデンテ」には意表を突かれた。そうか、デジタルネイティブならぬアルデンテネイティブ世代というのもあるのかと、そこで初めて気づかされたのだ。
同書で著者は次のように述べる。
〈私は生まれた時からアルデンテなので、茹でた麺をザルに放置してぶよぶよにするという手間でもってパスタを殺す所業の理解ができないから、芯のないことが誇りかのように開き直る喫茶店のナポリタンが嫌いだし、それを愛している人たちの団結力やアルデンテに対する反骨心とも出来る限り距離をとって生きていきたいと思っている〉
アルデンテネイティブにとって、喫茶店のぐったりしたナポリタンは許せないのだ。となると、お惣菜で売ってるスパゲティサラダなんかもアウトだろう。私も別に喫茶店のナポリタン至上主義者ではないが、〈そもそもスパゲティじゃなくてパスタと呼んでる。私がパスタ好きを自認した小学生の頃に好きだったのは、からすみと水菜のスパゲティだった〉と言われると、世代と時代の差を感じずにいられない。
私が小学生の頃には、からすみと水菜のスパゲティなんてシャレたものは存在しなかった。いや、地球上のどこかにはあったのかもしれないが、少なくとも自分は見たことも聞いたこともなかった。当時のスパゲティといえば、ミートソースかナポリタンの二択である。ウチの食堂のメニューにはなかったので、初めて食べたのはたぶん近所の喫茶店だと思う。ただ、味もシチュエーションもあまり印象に残ってはいない。
人生で一番スパゲティを食べたのは、大学生の頃だ。時は80年代半ば、街には「壁の穴」などのスパゲティ専門店も増えていた。が、私がよく食べたのはそういう店ではなく、学食のスパゲティである。ミートソースとたらこの2種類で、アルデンテどころか細いうどんとしか言いようのないシロモノだったが、とにかく安かった。量も少なめだったとはいえ、何しろ180円である。それで一食まかなえるのは大変ありがたく、毎日とは言わないまでもかなりのヘビロテで食べていた。腰くだけのぐにゃぐにゃ麵に安っぽいミートソース(あるいはたらこ)が破れ鍋に綴じ蓋的マリアージュを醸し出し、あれはあれでうまかったような記憶がある(が、思い出補正かもしれない)。