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日本を呪縛する「オリンピック」の呪いは解けるのか【仲正昌樹】


東京五輪の開催にあたってコロナ禍終息の判断基準とは何か? なぜそれを政府は明確に説明ができずにいるのか? また、東京五輪が感染拡大の原因となるかのように喧伝する野党・ネット民の双方にある問題点とは何か? 「オリンピック」が日本を呪縛する呪いになっていると語るのは、ロングセラー『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』(KKベストセラーズ)の著者である哲学者・仲正昌樹氏。いまやオリンピック開催可否の議論の争点はズレまくっている、と指摘する。東京五輪開催までにすでに2カ月を切るなか、議論の「論点」を整理しておく。


 

国立競技場前に設置されたオリンピックリングはまるで呪われているような趣である(2021年5月29日)

 

■「オリンピック」は日本の政治を呪縛する呪い

 

 連休明け以降、「オリンピック開催」問題が、日本におけるコロナ論議の焦点になっている感がある。ワクチン接種に関しては、緊急事態宣言・自粛賛成派と反対派のいずれの側も、大多数がワクチン接種の拡大が早期終息に繋がると期待し、大筋では促進に肯定的で、危険視する声はそれほど強くならないのに対し、「オリンピック開催」については両派とも否定的な声が大勢で、開催を望んでいるのは、政府・組織委員会と一部の愛国主義者だけ、という構図になっている。

 有名人の聖火ランナーの辞退が相次ぎ、オリンピック選手でさえ開催について前向きな発言すると、叩かれる。世論の風向きでしょっちゅうコロナ対策の基準を変えている政府が「オリンピック開催」についてだけは頑なに世論を無視して、IOCの意見だけ気にしているように見える。どうして、「オリンピック」は、日本の政治を呪縛する呪いになってしまったのだろうか。

 

 コロナを、死をもたらす病として怖れる自粛賛成派が、「オリンピック開催」に反対する理由は単純だ。「オリンピック」と共に、コロナの新たな波がやって来て、これまでになかった大惨劇になってしまうかもしれないと考えているからだ。その可能性は確かにあるが、彼らの多く、特にネットで匿名の意見を拡散している人たちは、あまりにも一方的に悲観的なイメージを膨らませているのではないか。

 アスリートたちは、普通の人より遥かに自分の健康や選手としての今後のキャリアに気を配っているはずなので、競技の前後に遊び惚けてコロナに感染して、人に移して回るということはあまり考えられない。大会関係者にしても、自分たちが原因で感染を拡大したり、東京オリンピック自体を台無しにしたり、その後、オリンピック・パラリンピック直後の東京での感染拡大で、「オリンピック」の存在意義を疑わせるようなことにはしたくないはずである。

 ジャーナリストや海外からの一般観客は、それほど意識が高くないだろうが、わざわざ感染状況も治療体制もよく分からない外国にやって来て、発症して治療を受けるようなことにはなりたくないはずである。政府、東京都、組織委員会、IOC、日本の感染症専門家グループが十分に協議して、効果的な対策を練り上げれば、オリンピック発の感染爆発は抑止できるかもしれない。

 しかし、反対している人たちは、そんなことできるはずない、どうせゆるゆるの基準で不埒な観客を呼び込んでしまうと決め付けていて、どういうやり方であれば、抑止できるかという議論には応じようとしない。まるで、そういう議論に応じたら、オリンピック開催を既成事実として認めたことになり、敗北だ、と言わんばかりだ。これは、改憲・安保論議における、九条護憲派の態度だ。

 自粛推進の立場からオリンピック反対の人たちの中には、護憲・リベラル系の人たちがかなり含まれているように思えるが、この人たちは、自分たちの反オリンピック・キャンペーンが排外主義に貢献していることに懸念を持たないのだろうか。中国で新型コロナ・ウィルスが発見された直後から、オリンピックとは関係なく、野放図な外国人がウィルスを拡散させているとか、感染者の大半は外国人なのに政府は中・韓に忖度して隠している、日本を弱体化させるために中国がわざと感染者を送り込んでいる、などと排外主義・陰謀論的な言説を拡散している人たちがいる。オリンピックが近づくにつれて、その勢いが強まっている。「リベラル」を自覚する政党や言論人であれば、たとえ開催反対であっても、「私はオリンピックは中止すべきだと考えているが、オリンピック反対に便乗した外国人差別・排外主義には断固反対する」、と言明すべきだが、そうした冷静に筋を通そうとする反対論はほとんど見かけない。

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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