「トランプ大統領の敗北、バイデン氏の勝利は陰謀である」という言説は、なぜ蔓延するのか?(仲正昌樹) |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「トランプ大統領の敗北、バイデン氏の勝利は陰謀である」という言説は、なぜ蔓延するのか?(仲正昌樹)


米国大統領選で勝利を確実にした民主党候補のバイデン氏。来年1月20日には就任する見通しだ。しかし、トランプ大統領は敗北を認めず、政権移行の準備がいまだに進んでいないと問題になっている。バイデン氏もついに「信じられないほど無責任だ」とトランプ大統領を非難。共和党のベテラン議員からも懸念が強まっている現在、いまだにトランプ支持者は、民主党バイデン氏側による陰謀と断定し反発を強めている。そしてなんと、日本のトランプ・ファンの間にまで陰謀論が蔓延(はびこ)っているのだ。これは一体何が起こっているのか?  各紙新聞書評で話題の『人はなぜ「自由」から逃走するのか:エーリヒ・フロムとともに考える』の著者である哲学者・仲正昌樹氏が「なぜ人は陰謀論を信じ込むのか?」について緊急寄稿。


大統領執務室にこもるトランプ大統領。米紙ポリティコ(電子版)は20日、トランプ大統領がツイッターで現在使用している米大統領の公式アカウント「@POTUS」について、大統領選で勝利を確実にしたバイデン前副大統領が就任する来年1月20日に、バイデン氏の管理下へ移されると報じた。

■「私たちが見させられている全ては〇〇の陰謀による虚像。真実は△△だ」というタイプの主張が蔓延(はびこ)る理由

 アメリカ大統領選をめぐって、トランプ大統領の敗北を認めず、アメリカのマスコミと民主党がグルになっているとする陰謀論が、ネット上で広がっている。実際にトランプ氏を支持する運動をし、彼に投票したアメリカ人の間で広がるのならまだ理解できるが、日本のネット媒体、ヤフーコメやツイッターでそうした主張がかなり目立つ。

 どうして彼らは、このような陰謀論に乗ってしまうのか、何が彼らを惹きつけているのか。

 大統領絡み陰謀論に共通しているのは、CNNNBCCBS、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなどの左派傾向のあるマスメディア(+Fox)の報道は、全てフェイクであり、信頼できるのは、トランプ氏自身と彼に絶対忠実な最側近、及び、トランプ勝利を伝えるローカル・メディアやネット上の情報サイトだというスタンスだ。

 主要メディアが、トランプ氏に不利な情報を伝えると、必ず、「追いつめられているのはバイデンの方だ」「ここで“勝たない”と逮捕されるからバイデンは必死だ」「既にバイデン陣営の大規模な不正が明らかにされ、当局による捜査が始まっているのに、CNNなどに追随している日本のマスごみは、周回遅れだ」、といった情報をどこからか拾ってきて、コメント欄やツイッターで拡散する。

 彼らは、そうした全マスコミ挙げてのトランプ叩き、バイデン上げの工作が行われている背景として、これまでリベラル利権をむさぼってきた民主党が組織を挙げて最後の悪あがきをしているとか、中国が自分たちに都合の良いバイデンを大統領に据えて、世界の完全支配を狙っている、などと主張する。

 そうした巨大な力が働いているから、自分たち以外の人には真実が見えていない、あるいは、分かっているのに現実から目を背けている、という。

 アメリカ政権の中枢に関わる陰謀説は、テンプル騎士団≒フリーメーソンやユダヤ系財閥の暗躍、ケネディ暗殺の真の黒幕など、かなり古くからある。ロズウェル事件の真実のようなオカルトの領域に属するものもある。比較的新しいものとしては、二〇〇一年の九・一一テロ事件は、中東の完全支配あるいは石油利権の確保をもくろむブッシュ政権+ネオコンの自作自演だとする説があった

 これらのものと、今回の大統領選をめぐるものが違うのは、保守系のものも含めてマスメディアが伝えているのとは違う“客観的事実”を自分たちが知っていることを、論証する余地のない自明の理として発言している人が多数を占めることである。

 フリーメーソンの陰謀について語るのであれば、世の中の多数派がなかなか真に受けてくれないことを予想して、どうして自分がその“事実”を知り得たか説明しようとするのが普通だが、大統領選の陰謀論者たちは、その必要は一切ない、説明を求める方が頭がおかしい、と言わんばかりの語り方をする。

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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  • 仲正 昌樹
  • 2020.08.25