日本を呪縛する「オリンピック」の呪いは解けるのか【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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日本を呪縛する「オリンピック」の呪いは解けるのか【仲正昌樹】

 

■オリンピックを開催するための政治的判断基準がない

 

 私は、「オリンピック」に照準を合わせて、感染対策を徹底するのはそれほどおかしいとは思っていない。ゼロ・リスク志向の人は、コロナを完全に封じ込められるまで、オリンピックであれ、他のスポーツや音楽のイベントであれ、大規模な国際イベントは控えるべきだ、少なくとも、変異株の脅威がなくなるまで鎖国しても仕方ない、くらいに思っているかもしれない。

 しかしペストやエボラ出血熱のように、感染者の多くをすぐ死に至らしめるが、症状が分かりやすいので感染が広がりにくいタイプの感染症と違って、コロナのようにほぼ無症状の人が大半を占める感染症は、きれいに封じ込めることなどできない。

 通常のコロナ・ウィルスによる風邪と同等のものになるまで、何度も世界の至る所で流行し、変異を繰り返すだろうが、変異株が確認されるたびに、緊急事態宣言を出したり、国境を封鎖するなどの強い措置を取り、半年くらい様子を見るということを繰り返すわけにはいかない。そんなことをやっていたら、日本経済は完全に崩壊するだろう。

 通常のコロナ・ウィルスによる風邪やインフルエンザでさえ、重症化して亡くなる人はいる。どのくらいの致死率・重症化率であれば許容範囲化というのは、医学的に決められることではない。どこかで政治的に判断するしかない。海外からの変異株への対処についても、最後は、世界的な流行状況がこの程度になれば、日本としても特別な警戒をする必要はない、という政治的判断をするしかない。その前段階として、外国から多くの人を迎えるイベントを開いても、感染対策は整えられているので大丈夫、という判断をするタイミングが重要になる。

 七月末に始まる「オリンピック」では早すぎる、もっと準備期間が必要だということが、具体的なデータから明らかになれば、中止あるいは延期になるのはやむを得ない、だろう。

 しかし現在は、自粛賛成派も反対派も、具体的な終息の目途を示さないまま、「とにかく危ない!そんなの分かるだろう!」「国民が犠牲にされている!茶番だ!」、と叫んでいるだけなので、そうした“世論”に押されて、理由を明確にしないまま、「オリンピック中止」に追いこまれたら、終息点が余計に見通せないことになる。開催する場合でも、大会関係と思われる感染をこの程度に抑えられたら、国際的イベントを開催するための基準が打ちたてられたと言えるのか明確にしなかったら、コロナの感染原因をめぐる不毛な憶測合戦が延々と続くだろう。

  

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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