人を説得することは可能なのか?【中野剛志×適菜収】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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人を説得することは可能なのか?【中野剛志×適菜収】

中野剛志×適菜収 〈続〉特別対談第2回


「新型コロナは風邪と同じ」「自粛する日本人はバカだ」……。真面目に生活している人に「自粛厨」「コロナ悩」などとレッテルを貼る学者や言論人がのさばってきた。新刊『小林秀雄の政治学』(文春新書)を著した評論家・中野剛志氏と、同じく新刊『コロナと無責任な人たち』(祥伝社新書)を刊行した作家・適菜収氏が「人を説得することは可能なのか?」について語りあった。「知識人が陥りがちな罠」とは何か? それは言葉を持った人間の宿痾とも言えるものだった……。


コロナ禍のGW。3回目の緊急事態宣言が発令された東京(2021年5月3日)

■人を説得することは可能なのか?

 

適菜:小林秀雄は、若い頃は人を説得しようとすることが多かったそうです。それで相手を叱ったり、非難したりしていた。でも年を取ったら丸くなっちゃった。「丸くなった」という言い方が適当か分かりませんが、説得は無駄だと思うようになった。小林はこう言っています。

《僕は、とにかく人を説得することをやめて 二五年くらいになるな。人を説得することは、絶望だよ。人をほめることが、道が開ける唯一の土台だ》(「文学の四十年」)

《ずいぶん昔のことだけど、サント・ブーブの「我が毒」を読んだ時に、黙殺することが第一であるという言葉にぶつかったが、それが後になって分かったな。お前は駄目だなんていくら論じたって無駄なことなんだよ。全然意味はなさないんだ。自然に黙殺できるようになるのが、一番いいんじゃないかね》(同上)

 これはどういうことなのか? 最終的には脳の構造の問題とか、体質とかの話に行き着いてしまうのかもしれない。オウム真理教に騙された人も、ばかだから騙されたのではない。インテリも大勢騙されている。なにかを「正義」だと思い込んでしまった集団が特定の世界観の中で暮らすようになると、外からの声は聞えなくなる。それで自分たちはいわれもない誹謗中傷を浴びていると被害妄想を膨らませる。

 それこそ、ウイルスを排除する免疫体系みたいなもので、本当に何を言っても無駄ということになる。今回の新型コロナ騒動においても、これまである程度まともだと思っていた人が、急速におかしなことを言い出したり、陰謀論にはまっていった。中野さんはこれをどう考えますか?

 

中野:人を説得できないということについて、思い当たることがあります。『小林秀雄の政治学』(文春新書)でも書きましたが、言葉の問題ですね。小林は大正時代に青春を過ごしているので、西田幾多郎の影響を受けたと思うんですが、その西田がしきりに言ったのは、主観と客観は完全に分けられないということ。これは、オルテガも言っていることだし、小林も書いていますけど、人というものは個人とその周囲の環境、両方のことだ。あるいは、人が環境を作り、環境が人を作ると言ってもいい。だから、主観と客観は分けられなくて、その人はその人の境遇とか、育ってきた環境とか、もろもろその人にしか経験していないことでできている。その人の価値観とか思想とかも、本当はその人の生に固有のものとしてある。ただ、人間はコミュニケーションをしないと生きていけないので、言葉というもので自分の意思や経験をある程度切り取って抽象化して相手に伝える。そうやって、コミュニケーションをとるけれども、実際の自分の本当の意思や経験を伝えるのは不可能なんです。なぜなら、言葉で伝えられるものには限界があるからです。これは以前の対談の小林秀雄論で語ったように「物事を伝えるのに、言葉をいかに工夫するか」というようなこととつながってくる話です。

 オルテガやミードを読んでいたら出て来たのですが、西洋人の慣用句なのか知らないけれど「自分の歯の痛みは人には分からない」という表現がある。「歯が痛い」とか「ズキズキする」とか、いろいろな言葉で人に伝えるけれども、本当にどの程度痛いかとか、自分が感じているダイレクトな感覚のところは言葉では表現できない。そう考えると、自分と根本的に違う人間を説得したり、価値観を共有したりするのは不可能だということになる。なぜなら説得は言葉でやるものだけれど、言葉は自分の考えを正確に伝えられないから。身も蓋もない話なんですけれどね。

 

適菜:そうですね。話せばわかるとか、言葉ですべてが説明できるというのは傲慢な発想です。小林はこう言っている。《批評家は直ぐ医者になりたがるが、批評精神は、むしろ患者の側に生きているものだ。医者が患者に質問する、一体何処が、どんな具合に痛いのか。大概の患者は、どう返事しても、直ぐ何と拙い返事をしたものだと思うだろう。それが、シチュアシオンの感覚だと言っていい。私は、患者として、いつも自分の拙い返答の方を信用する事にしている》(「読者」)。「シチュアシオン」は英語で言えば「シチュエーション」ですね。これを小林は「現に暮らしているところ」と訳しました。

 

中野:自分の本当に言いたいことはどんなに言葉に尽くしても表現できないし、相手だってそれを正確には絶対受け取らない。だからこの「歯の痛みは人には分からない」という表現は、ある意味、言葉とか思想とかを考え尽くした西洋の哲学者が恐ろしいことに気付いたということでしょう。要するに、人は絶対に分かり合えない。それがさっきの「私立」という言葉にも戻ってくるわけです。つまり、これは西洋に限らない。中江藤樹も「天地の間に己一人生きてあると思うべし」と言ったわけです。要するに、最後はよくよく突き詰めると孤独なんだ、分かり合えないんだ、というような感覚ですよね。だから、説得なんてものは結局のところ不可能と言っていい。

 

適菜:身近なところにいた人がおかしな考え方にはまっていくというケースは一般にもよくあることだと思います。家族がマルチ商法や新興宗教にはまったとか、おじいさんにパソコンを買ってあげたらネトウヨになっちゃったとか。そういうときに、なにができるのかという問題は考えておかないといけない。

 

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中野剛志/適菜収

なかの たけし てきな おさむ

中野剛志(なかのたけし)

評論家。1971年、神奈川県生まれ。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“TheorisingEconomicNationalism”(NationsandNationalism)NationsandNationalismPrizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『日本経済学新論』(ちくま新書)、新刊に『小林秀雄の政治哲学』(文春新書)が絶賛発売中。『目からウロコが落ちる奇跡の経済学教室【基礎知識編】』と『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)が日本一わかりやすいMMTの最良教科書としてベストセラーに。

 

 

適菜収(てきな・おさむ)

作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム近代的人間観の超克』(文春新書)、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』、『国賊論 安倍晋三と仲間たち』『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、最新刊『コロナと無責任な人たち』(祥伝社新書)など著書40冊以上。「適菜収のメールマガジン」も配信中。https://foomii.com/00171

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