「未知の事態にはどのように対応すればいいのか」小林秀雄の慧眼【中野剛志×適菜収】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「未知の事態にはどのように対応すればいいのか」小林秀雄の慧眼【中野剛志×適菜収】

「小林秀雄とは何か」中野剛志×適菜収 対談第1回

小林秀雄(1902-1983)、文藝評論家。

 

■言葉の限界について

 

適菜:中野さんの新刊『小林秀雄の政治学』(文春新書)、非常に面白かったです。この本はいろいろな読み方ができますが、私は「新型コロナ論」にも見えました。未知の事態、新しい事態が発生したときに、人間は、どのように考え、どのように動くのか。小林秀雄に見えていたものは、凡人や似非インテリの眼には映っていませんでした。

中野:やっぱりコロナっていうのは、念頭に置かざるを得ないというか、コロナ渦に突っ込まれている今の日本、あるいは世界を考えるときに、意外なことですけど、小林秀雄って読むべきだよなという感じがあったのは、おっしゃったとおりです。未体験の新しい事態に人間ってしょっちゅう直面するんですけど、直面して、これまでの理論とか、これまでの既成概念が通用しなかったときに、どう人間は振る舞うべきか、というようなことに小林秀雄の関心が一貫してあったんですね。そのこと自体があまり理解されていない。

 例えば小林秀雄が戦争について語ったことでいうと、一般的には有名な「反省なんぞしない」という終戦直後の発言です。しかし、この「反省なんぞしない」っていう意味も、単なる居直りくらいにみなされて、ちゃんと理解されていないのではないか。あるいは、戦争に「国民が黙って処した」っていう言葉も、それだけが有名なんだけども、その言葉の意味がちゃんと理解されていない感じがしたんです。これらは全部、新しい事態、未知の事態に、どう対処するかっていうようなことと関係している。それだけではない。よく読んでいると、かなり早い段階、つまり批評家として道を歩み出した当初の頃から、後半生に福沢諭吉とか本居宣長について書くようになるまで、あるいは、日本や伝統に対する随筆もそうですが、これらを貫いているのは、結局「新しい事態にどうやって対応するか」、この一点です。小林はこればっかり言ってると言ってもいいかもしれない。

適菜:そうですね。要するにこれは「眼」の問題だと思います。小林が批評の題材としたものは多岐にわたっていますが、一貫して言っていることは「既成概念を通して見るのではなくて、直接、眼で見なさい」ということです。これは、近代人のモノの考え方と逆ですよね。近代社会においては、論理的に合理的に理性的にものごとを考えることが重視されます。個別のもの、瑣末なものにこだわるのではなく、抽象度をあげて考えろと。しかし、小林は抽象度を上げることの危険を指摘し、個別のもの、瑣末なものをきちんと見ろと言ったわけですから、戦後日本で小林が理解されてこなかったのも当然のような気もします。ちなみに小林はこういうことを言っていますね。「真の科学者なら、皆、実在の厚みや深さに関して、痛切な感覚は持っている筈だ。(中略)だが、科学の口真似には、合理化され終った多数の客体に自己を売渡す事しか出来はしない」(「還暦」)と。

中野:小林秀雄について、まさに典型的な誤解をやったのが、私が『小林秀雄の政治学』の後半で批判した丸山眞男です。丸山眞男のせいで小林秀雄が誤解されるようになったのか、それとも世間の誤解と同じ誤解を丸山眞男がしたのか。いや、もしかしたら、もっと悪質に、故意に世間の誤解に乗っかって、その誤解を自分の権威でサポートして、小林秀雄をおとしめたんじゃないか。そう思いたくなるぐらいひどいんです。

 まさに、概念の操作で物事を理解しようとするような近代人の物の考え方、合理主義といってもいいですけど、それを批判する小林秀雄を、丸山は「あらゆる理論を否定して日常の実感だけを信じているんだ」と決めつけ、反対の極端にまで走らせてしまうんですね。しかし、この本で繰り返し書いたことですが、実は小林は理論それ自体を否定してるのではない。

 彼は「物」っていう表現を繰り返しますけど、「物」すなわちありのままの世界の一部を抽象化したものが理論です。そのありのままの世界をできるだけ言葉をこらして表そうとする理論というもの自体は認めている。ただ、小林は、理論がないと言っているんじゃなくて、理論は実践や行為の中にあると言っているんですよ。

 しかし、丸山眞男は「小林秀雄は理論を否定して実感に走った」と決めつけた。多分、丸山は、自分は社会科学者として社会科学の理論をやっているのに対して、小林はあらゆる社会科学を拒否して文学に走ったと対比させたいのです。小林秀雄解釈の多くも、そういう理解に立って小林を批判したり、逆に小林を「自分と同じだ」と言ったりしている場合が多いように思う。

 小林自身がはっきり書いているのですが、理論そのものをまるごと否定しているんじゃなくて、理論というものはあるし、必要なのだけれども、その理論を生み出すことがいかに難しいか、ということなんです。あるいは、理論というものには、いかなる限界があるかということ。理論は頭で考えるものじゃなくて、行為とか実践の中から出てくるんだというようなことを、小林はしきりと語っている。そのことを本書では強調させてもらいました。

 

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[caption id="attachment_889001" align="alignnone" width="186"] 中野剛志著『小林秀雄の政治学』(文春新書)[/caption] [caption id="attachment_889002" align="alignnone" width="199"] 適菜収著『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?』(講談社+α新書)[/caption]

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中野 剛志

なかの たけし

評論家

1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)など多数。


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