賢者は未知の事態にどう身を処したのか?『思想の免疫力』発売直前【中野剛志×適菜収】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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賢者は未知の事態にどう身を処したのか?『思想の免疫力』発売直前【中野剛志×適菜収】

「小林秀雄とは何か」中野剛志×適菜収 対談第1回

 

 

■小林秀雄が警告していた「近代の問題」

 

適菜:保守思想とはなにかと言うと、近代的思考により、切り捨てられたものを重視するということです。数値化、概念化して再構成するという近代の原理の背後に唯一神教とプラトン主義を見出したのはニーチェでしたが、小林もまた近代の問題を一番深いところまで考えていきました。小林はベルグソンを扱いましたが、トンチンカンな奴が批判するように非合理にたどり着いたわけではありません。ベルグソンの言う「直観」とは、モノを丁寧に見るということです。そういう意味において、合理や理性、概念で割り切れるものだけではなく、そこから排除されるものを重視し、近代の内部において思考停止を戒めるのが保守です。だから、保守は単純な反近代でも復古でもありません。

中野:そうそう。ここはすごく重要なポイントなんですけど、保守主義とロマン主義とは違うということです。「保守」に分類される人でも、近代をまるごと否定して、近代世界とは別世界を追い求めるようなロマン主義者がいる。しかし、ロマン主義っていうのは、現実にはあり得ないフィクションの過去を理想視するわけですから、そのロマン主義的な理想を実現しようとすると、相当ラディカルな変革を引き起こしてしまうわけです。ラディカルだってことは、保守ではないということですよ。

適菜:ロマン主義は18世紀末から19世紀にかけて、西欧で興った芸術上の思潮ですが、そこでは自然との一体感や神秘的な体験、無限なものへのあこがれが表現されてきました。だから、右翼の感覚に近い。

中野:右翼です。右翼というのは、ラディカルですね。小林秀雄は「近代の超克」の座談会で、近代じゃないものを持ってくるつもりなんかないんだというようなことを言ってます。近代を批判してはいるけれど、近代から逃げてはいない。これもずっと彼が徹底していることです。確かに小林は、最後に本居宣長に行き着いたり、戦時中とかには平家物語とか実朝とか読んだりしている。あるいは、江戸時代の古学について、しきりと書いている。そして、そういったことを書いているのをもって、小林は日本の伝統に戻ってきたみたいな言われ方をすることもある。でも、そういう復古主義ではないんですよ。

適菜:保守とは近代の内部において、近代的思考の暴力を警戒する立場のことだと思います。福沢諭吉は「保守の文字は復古の義に解すべからず」と言いました。近代という宿命、未知の事態、新しい事態に立ち向かうためには、近代精神を知り尽くさなければならないと福沢は言ったわけです。これは小林も同じです。

中野:そう。小林は近代から逃げない。現実から逃げないというのが、小林の基本的なスタンスです。近代に限らず、今置かれた状況とか運命に、ただ従うっていうことはないけれども、そこから出ていくとか、それと関係ないことを想像するとか、そういうことを徹底的に嫌っている。小林自身がそうだし、彼が書いてる福沢諭吉とかマキャベリとかもまさにそういう立場の人間です。小林は、そういう置かれた状況から逃げない人たちのことばかり書いています。

 この本(『小林秀雄の政治学』)の後半のほうで、小林秀雄が比較的若いときに書いた随筆「故郷を失った文学」を取り上げました。今の日本は西洋文学に完全に染まっていて、そこから抜けられなくなっている。そうだったら徹底的に西洋文学をやってやろうじゃないか。自分たちはむしろ西洋文学をよく理解できるようなところにいるんだと捉えるべきだ、というようなことを小林は語っている。それを「居直りだ」とか批判をされたりしてるんですね。

 小林が歳をとってから書いた福沢諭吉に関する随筆でも、言っていることは同じなんです。福沢は、西洋文明を徹底的に学ぶことで、危機を突破したのだと言うのです。小林が本居宣長に関心を持った理由もまた、同じでした。要するに、話し言葉しか存在しなかった古の日本に、いきなり漢字という書き言葉が入ってきた。しかも、象形文字ときたもんだから、「これ、どうすんのよ?」っていう危機的な状況になった。この危機を古の日本人たちがどう乗り越えたか。徹底的に漢文に熟達し、その結果として訓読という独創的な手法を編み出し、そうやって危機を突破したんだというのです。この点に、小林秀雄はいたく感銘を受けて、「本居宣長」を書いているのです。

 

次のページ「近代の問題を突破する方法」と「言葉のやっかいさ」

KEYWORDS:

「新型コロナは風邪」「外出自粛や行動制限は無意味だ」
「新型コロナは夏には収束する」などと
無責任な言論を垂れ流し続ける似非知識人よ!
感染拡大を恐れて警鐘を鳴らす本物の専門家たちを罵倒し、
不安な国民を惑わした言論人を「実名」で糾弾する!

危機の時にデマゴーグたちに煽動されないよう、
ウイルスに抗する免疫力をもつように、
確かな思想と強い精神力をもつ必要があるのです。
思想の免疫力を高めるためのワクチンとは、
具体的には、良質の思想に馴染んでおくこと、
それに尽きます。――――――中野剛志

専門的な医学知識もないのに、
「コロナ脳」「自粛厨」などと
不安な国民をバカにしてるのは誰なのか?
新型コロナに関してデマ・楽観論を
流してきた「悪質な言論人」の
責任を追及する!―――――――適菜収

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中野剛志/適菜収

なかの たけし てきな おさむ

中野剛志(なかのたけし)

評論家。1971年、神奈川県生まれ。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“TheorisingEconomicNationalism”(NationsandNationalism)NationsandNationalismPrizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『日本経済学新論』(ちくま新書)、新刊に『小林秀雄の政治哲学』(文春新書)が絶賛発売中。『目からウロコが落ちる奇跡の経済学教室【基礎知識編】』と『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)が日本一わかりやすいMMTの最良教科書としてベストセラーに。

 

 

適菜収(てきな・おさむ)

作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム近代的人間観の超克』(文春新書)、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』、『国賊論 安倍晋三と仲間たち』『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、最新刊『コロナと無責任な人たち』(祥伝社新書)など著書40冊以上。「適菜収のメールマガジン」も配信中。https://foomii.com/00171

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