賢者は未知の事態にどう身を処したのか?『思想の免疫力』発売直前【中野剛志×適菜収】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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賢者は未知の事態にどう身を処したのか?『思想の免疫力』発売直前【中野剛志×適菜収】

「小林秀雄とは何か」中野剛志×適菜収 対談第1回

 

 

■「近代の問題を突破する方法」と「言葉のやっかいさ」

 

適菜:福沢は西洋文明という未知の事態に対し、どのような態度をとったのか。小林はこう述べています。「福沢の文明論に隠れている彼の自覚とは、眼前の文明の実相に密着した、黙している一種の視力のように思える。これは、論では間に合わぬ困難な実相から問いかけられている事に、よく堪えている、困難を易しくしようともしないし、勝手に解釈しようともしないで、ただ大変よくこれに堪えている、そういう一種の視力が、私には直覚される(「天という言葉」)。やはり「眼」なんですね。

 本居宣長もまず漢字の形を見えてくるまで「眺めた」んです。さかしらな解釈を拒絶し、「馴染む」まで見る。小林はこう言っています。「漢ごころの根は深い。何にでも分別が先きに立つ。理屈が通れば、それで片をつける。それで安心して、具体的な物を、くりかえし見なくなる。そういう心の傾向は、非常に深く隠れているという事が、宣長は言いたいのです。そこを突破しないと、本当の学問の道は開けて来ない。それがあの人の確信だったのです」(「『本居宣長』をめぐって」)

中野:ありのままの現実世界と交わるという実践から始めなければいけないということを小林は言っているのですね。

適菜:ドストエフスキーもロシアのインテリゲンチャの近代の受け止め方の問題を扱っています。小林がドストエフスキーについて書いたのは、日本の近代受容の問題と重ね合わせている部分があると思うのですが、中野さんの本にはこうあります。「西欧の文化に対する劣等感に悩んだロシアのインテリゲンチャたちにとって問題となったのは、『ナロオド』というロシアの土着の民衆(農民)という観念であった。彼らは、自分たちの思想や教養が西欧からの輸入品であって、ナロオドと共有するロシアの文化伝統に根差したものではないという強迫観念に駆られていた」。小林も西欧近代と日本の関係を突き詰めましたが、中野さんに一点お聞きしたいことがあります。小林はロシアの専制国家は、国民の間から自然に発生してくる封建制度というものさえ許さなかったと書いています。中野さんは、そこに西欧から自由主義をはじめとする政治思想だけが流入したところで、ロシアの政治的現実には定着しえない。結局、自由はロシアでは、インテリゲンチャが抱いた観念にとどまるしかなかった、それが過激な直接行動につながったと指摘されています。ベネディクト・アンダーソンは明治革命も公定ナショナリズムに分類していますが、日本には封建制度があったわけで、ここをどう捉えればいいのでしょうか?

中野:議論が複雑になりますが、近代においては国民統合しなきゃいけないので、国家が出てきて国民(ネイション)を人工的に創るという公定ナショナリズムは、確かに明治日本でもあった話なんです。しかしながら、一方で、公定ナショナリズムによって人工的に創られたネイションにも、全く根っこがないというわけではなかった。特に、言語ですね。近代国家は、標準語を定めて国民統合を図り、ネイションを創り出す。しかし、近代国家が定めた標準語と言えども、元々の日本語の母体というのはあるわけです。明治国家が国民意識を創出したというのは間違いないのですが、それにもかかわらず、明治以前と明治以降で断絶があって何もつながりがないのかというと、それも間違いで、連続はある。だからこそ、日本というネイションは、近代以前からあったと想像されるわけですし、想像してもいいわけです。

 ベネディクト・アンダーソンも、言語を重視していますね。彼の『想像の共同体』には、平家物語のイントロの「祇園精舎の~」を引用して「この恐ろしさは日本人じゃないと分からない」みたいなことを書いている。そういった意味じゃ、繰り返しになるんですけど、ネイションは人工的に作られたんだけれども、何もないところから作られたわけではなく、連続性はあるというようなところが、特に日本のナショナリズムに関しては、あるんじゃないのかなという感じがします。

適菜:なるほど。ありがとうございます。

中野:封建社会の問題は、近代の自由とか民主主義とかと関係しています。日本の一般的な理解とか、あるいは丸山眞男あたりが流布した説だと、近代が自由民主主義的であるのに対し、前近代の封建制っていうのは自由民主主義の障害だというような議論になっている。しかし、実は、話は逆で、これは今日の歴史社会学の研究でもそうだし、小林秀雄も分かっていたことですが、近代的な市民社会は、封建制度を基礎にしているのです。

 封建制においては、日本の武士団とか寺社勢力とか、あるいは、ヨーロッパの貴族とか教会とか、自分たちで権力を持った集団が存在している。こうした自立した集団は、専制君主が出てくると激しく抵抗するわけですよ。だから封建制というのは、本質的に分権的であって、全く中央集権的じゃないわけですね。

 他方で、近代っていうのは、中央集権的にやることで国力を高めようとする。国家を統一して中央集権的にやろうとするんですけれども、封建制が根強く残ってるところだと、国家が完全に支配しようとしても、元々あった封建的な勢力が抵抗するのと同じように、個別の自治的な集団が抵抗して、自治を守ろうとする。それが、近代的な自由とか民主主義の原型になります。

 これに対して、封建制がないところは元々、皇帝の絶対権力に抵抗できるような集団が弱いものだから、専制国家になる。ロシアがそう。多分、中国もそうですね。こういった国家が近代化すると、近代化とは国家権力によってやるのですが、それに対する自治的な集団の抵抗もないものだから、近代国家が専制国家になってしまうということなんです。

 日本では「封建社会の残滓があるから、近代的な市民社会ができないんだ」なんて信じて抜本的改革を叫ぶ人が未だにたくさんいますが、実際には、話は逆で、封建社会の残滓がなければ、近代的な市民社会はできなかったのです。

適菜:その部分は『小林秀雄の政治学』の中で、中野さんが述べられていたフリーダムとリバティーの違いですね。市民の権利として社会から与えられたのがリバティ―であるなら、自己を実現しようとする個人的な態度が、小林が言う自由(フリーダム)なのだと。要するに、固有の経験とか歴史に基づき、そこで戦い取られたものなのか、あるいは普遍的自由という形で神格化されたものの違いですよね。概念が神格化されれば暴走して歯止めが利かなくなってしまう。

中野:そうですね。概念の暴走、イデオロギーと言ってもいいんですけど、その根底にあるのは、またしても言葉の問題です。小林秀雄は『様々なる意匠』でも、のっけから「言葉」ってものについて語っています。

 小林は、言葉のことばっかりずっと書いてるんです。言葉は、ありのままの現実をすべて表すことができない。できないんだけども、一方で人間は、物を人に伝えないと生きていけないところもある。でも、言葉は全部を人に伝えることができない。せいぜい近似値でしか伝えられない。文体が下手な人、言葉の扱いが下手な人は、その近似値をとるのが下手だから、平板な表現になる。その平板な表現は、現実というものを一部しか切り取れない偽物なんですが、しかし、一面だけ切って薄っぺらくして伝えたほうが、大勢の人に伝わりやすいのです。適菜さんが仰った「概念の暴走」ってやつです。そういう言葉のやっかいさが、イデオロギーというものを生み出し、社会が人間を非人間的にして支配する根源にあるのです。私は、そのことを小林秀雄から学びました。

(続く)

 

著者紹介

中野 剛志(なかの たけし)

評論家

1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)Nations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『日本経済学新論』(ちくま新書)、新刊に『小林秀雄の政治哲学』(文春新書)が絶賛発売中。『目からウロコが落ちる 奇跡の経済学教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)が日本一わかりやすいMMTの最良教科書としてベストセラーに。


 

適菜 収(てきな・おさむ)

作家

1975年山梨県生まれ。作家。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告  近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克』(文春新書)、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』、『国賊論 安倍晋三と仲間たち』『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)など著書40冊以上。購読者参加型メルマガ「適菜収のメールマガジン」も始動。https://foomii.com/00171

 

 

 

KEYWORDS:

「新型コロナは風邪」「外出自粛や行動制限は無意味だ」
「新型コロナは夏には収束する」などと
無責任な言論を垂れ流し続ける似非知識人よ!
感染拡大を恐れて警鐘を鳴らす本物の専門家たちを罵倒し、
不安な国民を惑わした言論人を「実名」で糾弾する!

危機の時にデマゴーグたちに煽動されないよう、
ウイルスに抗する免疫力をもつように、
確かな思想と強い精神力をもつ必要があるのです。
思想の免疫力を高めるためのワクチンとは、
具体的には、良質の思想に馴染んでおくこと、
それに尽きます。――――――中野剛志

専門的な医学知識もないのに、
「コロナ脳」「自粛厨」などと
不安な国民をバカにしてるのは誰なのか?
新型コロナに関してデマ・楽観論を
流してきた「悪質な言論人」の
責任を追及する!―――――――適菜収

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なかの たけし てきな おさむ

中野剛志(なかのたけし)

評論家。1971年、神奈川県生まれ。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“TheorisingEconomicNationalism”(NationsandNationalism)NationsandNationalismPrizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『日本経済学新論』(ちくま新書)、新刊に『小林秀雄の政治哲学』(文春新書)が絶賛発売中。『目からウロコが落ちる奇跡の経済学教室【基礎知識編】』と『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)が日本一わかりやすいMMTの最良教科書としてベストセラーに。

 

 

適菜収(てきな・おさむ)

作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム近代的人間観の超克』(文春新書)、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』、『国賊論 安倍晋三と仲間たち』『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、最新刊『コロナと無責任な人たち』(祥伝社新書)など著書40冊以上。「適菜収のメールマガジン」も配信中。https://foomii.com/00171

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