「コロナ禍」でのカミュの言葉と、二人の自殺者の遺書【呉智英×加藤博子】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「コロナ禍」でのカミュの言葉と、二人の自殺者の遺書【呉智英×加藤博子】

呉智英×加藤博子の「死と向き合う対話」


緊急事態宣言が解除された。とはいえ、第3波の下げ止まりは不気味さを増している。変異株のコロナウイルスはすでに世界で猛威を振るい始め、フランスでは再びロックダウンに。日本でも5月には第4波が来るのでは…とも予測されている。このコロナ禍で人は思考停止に陥っていなかったか?  では、何を見て、何を考えるべきなのか? 古今東西の名著を紐解き、死を語り尽くした書『死と向き合う言葉――先賢たちの死生観に学ぶ』(KKベストセラーズ)を上梓した評論家・呉智英氏と文学者・加藤博子氏が、コロナ禍にカミュの『ペスト』を読む意味と、知られざる二人の自殺者の「遺書」から「生の不可解さ」を考える。


 

アルベール・カミュ(1913ー60)、小説家、哲学者。

 

■緊急事態宣言解除で求められる「コロナ禍の言葉」

 

加藤:2020年、突然、死が迫りくる状況になりました。ひょっとしたら二週間後に死ぬかもしれないという不安が、世界中を覆いました。そんな時に、人間性が剥(む)き出しになります。カミュの『ペスト』の中にも出てきますよね。ちゃんと、とことん考え抜いて状況と戦おうとする人間と、もうとにかく目をつむり、怖くて、何も考えまいと、思考停止状態に陥る人間たち。たぶん、そちらのほうが多いんですけど。それが、現実ですね。

呉:最初にカミュの話をした時に、『異邦人』のほうが衝撃的だから、あれのほうが代表作になってるけど、実はカミュは、むしろ『ペスト』のほうで評価されるべきではないか、みたいなことを言ったと思うんですけどね。

 不条理な状況という意味では、『ペスト』は一種の戒厳令(かいげんれい)下というか、閉鎖状況になっている。封鎖されている人たちが不条理な状況下にいる。『異邦人』のムルソーが不条理な行動をするというのは、主体のほうの問題であって。『ペスト』は環境全体の不条理。環境全体が、人間にのしかかってくる不条理みたいのは、むしろ『ペスト』のほうだ。

加藤:そうですよね。

呉:だから、『ペスト』のほうが、むしろカミュの本質じゃないかね。つまり、シーシュポス的な行動をする人間は、『ペスト』の中で病魔と闘う医者たちのほうだからね。

加藤:で、その『ペスト』の中で、諦(あきら)めずに目を開いて考え続けた人たちというのは、言葉を紡(つむ)ぐ人たちなんですよ。新聞記者とか、宗教者のなかでも説法する人とか。だから、思考停止せず、目を開いて世界を見つめ続ける側にいようとするならば、この『死と向き合う言葉』(KKベストセラーズ)を読んでみてください。

呉:死と言葉ということでは、遺書があります。遺書も、残した借金をどうするかといった実務的なものもあるし、単に世を恨(うら)んだだけといったものも多い。しかし感動的、衝撃的なものもあります。二十年ほど前「別冊宝島」の『自殺したい人々』に寄稿した「虚無に向き合う言葉」という一文でいくつか紹介しました。俺の単行本『犬儒派だもの』にも収録してありますが、後日談もあるので、この話をしましょうか。

加藤:お願いします。

呉:「別冊宝島」の企画は、その頃『完全自殺マニュアル』(1993、鶴見済著)なんておかしな本が話題になっていたので、それを批判というか、逆に便乗するというか、そんな意図で作られたものです。俺はそこで明治期から現在までの何人かの自殺者の遺書を論じたんだけど、なかにほとんど知られていないものが二つあった。一つは無名の農婦、木村センの遺書、もう一つはマルクス主義経済学者、岡崎次郎(1904ー84?)の遺書。これをもっと多くの読者に知ってほしかったんだよ。その俺の気持ちは結果的にはかなえられたんだけど。

加藤:複雑な事情があるみたいですね。

呉:そこで紹介した二例をルポライターの朝倉喬司(あさくらきょうじ)(1943ー2010)がさらに深く取材して『老人の美しい死について』という一冊にまとめたんです。俺が書いたものより、もっと詳しくなってる。ルポライターだから取材は得意なんだね。朝倉は俺より三つ四つ年長で、学生時代から知り合いだった。当時はアナーキズム系の活動家で、後に犯罪事件のルポや「河内音頭」の研究などを手がけるようになる。なぜか俺の仕事を評価してくれていて、本もよく読んでいてくれた。それで「虚無に向き合う言葉」も読んで、その中の二人にも強い関心を持ったらしい。それが『老人の美しい死について』です。しかし、これが出た年の秋、朝倉はアパートの一室で孤独死してる。何年か前に家族と別居して一人暮らしだったと聞いてます。息子さんが頻繁に様子を見にきていたので、それで発見されたらしい。晩年は体調も悪かったようで、自分の死を予感していたのかもしれないね。

加藤:その無名の農婦とマルクス主義経済学者、ますます興味が湧いてきました。

 

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[caption id="attachment_885451" align="alignnone" width="204"] 呉智英×加藤博子著『死と向き合う言葉:先賢たちの死生観に学ぶ』(KKベストセラーズ)絶賛発売中![/caption]

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