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人はなぜ「死」を恐れるのか?【呉智英×加藤博子】

呉智英×加藤博子が語りあう「死と向き合う言葉」


「死とはいったい何か?」「悔いなく死ぬためには、死をどう考えればよいのか?」——人生100年時代に、死は遠い先のことであり、まるで他人事のように思える。しかし、死は誰にでもやってくる。おのれにも。そう考えたとき、死はやはり恐ろしいと思うか、いやそれとも、「死に方」が問題だと思うか。あの有名な哲学者や思想家、宗教家や文学者は死をどう捉えてきたのだろう? 当代一の知識人・呉智英氏と哲学者・加藤博子氏が、古今東西の名著を紐解き、死を語り尽くした書『死と向き合う言葉――先賢たちの死生観に学ぶ』(KKベストセラーズ)が発売早々、話題となっている。今回、ケーガンとハラリの叡智を通して「死の本質」を問う対談を公開。


 

ユヴァル・ノア・ハラリ(1976〜/歴史学者)。『サピエンス全史——文明の構造と人類の幸福』を著す。

 

■認知革命と死の恐怖

 

 シェリー・ケーガン(イェール大学哲学教授)の『「死」とは何か』という本が、いまもベストセラーになっています。加藤さんも、これをカルチャーセンターの授業で使っているそうですが、非常によくまとまっている。もとが大学の講義だけあって、要点を非常に巧みに、しかもわかりやすく解説している。世界各国で翻訳出版され、累計四十万部以上のベストセラーというのも、もっともだと思う。

 

加藤 私はカルチャーセンターで、ケーガンの本を受講生の皆さんと精読しています。高齢の方々こそ、どう死んでいったらいいのか、残り少ない日々をどう過ごすか、死をどう捉えたらいいのかと、考えています。尊厳死の問題もあります。誰もが、自分の思うように死にたいんですよ。死にたくないわけではない。人様に迷惑をかけずに死にたいと、切に願っている。悔いなく死ぬためには、死をどう考えればよいのか、それが問われている本だと感じて、ケーガンの本を読みたいと思っておられるのです。誰にでも必ず訪れる死を、ただ恐れるのではなく、むしろさまざまな考え方を知りたいということですね。

 

 ユヴァル・ノア・ハラリ(一九七六~/歴史学者)の『サピエンス全史──文明の構造と人類の幸福』と訳者(柴田裕之)が同じです。同じ訳者が気に入っただけあって、非常に明快で、かつ網羅的な叙述の仕方は共通してるものがあると思ったね。

 

加藤 ケーガンは、道徳哲学、規範倫理学が専門。一九九五年の着任以来、毎年開講されている「死」をテーマとしたイェール大学の講義は、常に人気が高いようです。『「死」とは何か』という本は、その講義をまとめたものですね。ただ、私はケーガンの議論には、限界があると思うのです。死とは、実は悪いものではないという見方が示されていくのですが、そのとき彼は、死を悪いものと捉えるのが一般的だという前提に立っています。死は怖いし、誰もが死にたくないと思っているでしょう、しかしそうでもないのです、というふうに議論を進めていく。だから、いや、もう死にたいんだよ、別に死が嫌なわけではないんだよ、うまく死にたいだけなんだよ、と思っている者にとっては、そこですでに疎外感が漂います。

 

 死を考える時に、大きな二つのポイントがある。一つは人間の有限性の問題。有限は「不完全」と言い換えてもいいでしょう。人間は、あるいは生命は、不完全で有限なものであるということ。もう一つは自己の一回性ですね。別の言い方をすれば、自己の非代替性といってもいいし、非再現性といってもいい。つまり、この私しか、私ではないということです。有限な存在だからこそ、そういうことが起きるわけです。ただし、このことを認識できるのは、生物のなかで、人間だけではないか。すべての生物はどれも有限だけれども、自己の一回性ということがわかるかどうかについては、人間以外の生物には疑問がある。

 人間に近い知能を持っているといわれているチンパンジーを使った実験に人間との対話を試みたものがある。でも、チンパンジーは、口頭言語では会話ができそうもない。それで、手話の形で会話をしたりする。そうやってチンパンジーに「死とは何か?」と聞くと、聞くというのも変だけどさ、手話でどのように聞くのかはわからないけど、一生懸命、説明するんだろうね。すると、チンパンジーはなんか「遠くへ行く」ということを示すらしい。俺はこの話を100%信用してるわけではなくて、「らしい」としか言えないけどね。もっと下等な動物は対話が成り立たないけど、自らが死に近いところに追いつめられたり、自分たちの仲間の死を見た時に、どう反応するかを考えるとね、人間ほど深いことは、考えていないのではないかと思われる。

 

加藤 そう見えますね。

 

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