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作家・鈴木涼美が語る「師・福田和也のまなざしと本音」

初選集『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』刊行に寄せて

 

 改めて読むと、いかに厚みのある知の中から、不思議なものを引き合いに出して語っているかに驚くし、享楽と言った時の規模の大きさにも驚くが(「店仕舞いの甘い予感がひたひたと潮のように寄せて来る時に、無理に所望して注いでもらう、かなり前に廃業して、もう誰も覚えている者もいない蒸溜所の、ブレンド・スコッチ」なんていう表現は、もう彼より下の年代から紡がれることは金輪際ないんじゃないか)、それと同時に、「乱世を生きる」ということはやはり並大抵の根性ではできないのだとこれほど厳しく認識させる書き手はいないんじゃないかと感じる。

 読書の仕様や特定の作家を読むことの意味まで茶化しながら、あの手この手で、人としてはとんでもなく無作法な作者たちの至極の作品を手にとるように仕向ける氏は、生きることを教えるなんていうことはあり得ないとどこかで思っていて、むしろ教えたことからはみ出たり漏れ出たりする人間の過剰のようなところにしか本来的な意味での価値などないのだと信じている気がする。

 若輩者たちに、どうにか生き抜いてほしいと思いながら、「真っ当に」生きられる人にはそれほど興味がない。

 

 なぜか授業の一回分が、都内某所の老舗蕎麦屋で開かれたことがあった。生徒が生真面目に用意してきた文を発表し、人の文を評する傍らで、「先生」は昼間からお酒を飲んで、いいとか悪いとかつまらないとか言う。

 解散の直前に生徒の1人が、当時エッチビデオのモデルだった私の、 セーラー服をたくし上げてブラジャーを見せている写真を酔った先生に見せたところ、先生は「仕事ってのは結構大変なもんだが」とぶつぶつ言った。「ところであなたの先週書いた文は前半は非常に面白いが後半は朝日新聞の夕刊みたいであまりにくだらない」とも言われた。

 

「批評は最終的に一個の認識である」とする短い批評私観で始まる第二部こそ、私のような読者が必死にかぶりついて読むべき本丸だと思うけど、第三部にさりげなく収録された「人でなし稼業」のなかの、少し投げやりでふざけたような一文が好きだ。

「少しぐらいの汚れやくるいなんかで、大騒ぎするような、清潔マニアみたいな了見じゃ、とてもやっていけない。抗菌グッズなんか放りだして、橋が落ちようが、列車が脱線しようが、ビクともしない中国人以上の太々しさを備えないと、生きてる価値がない、ってことになるよ」

 結構この辺りに、実際の本音はある気がする。

 

 

著者略歴

鈴木涼美(すずき・すずみ)

1983年東京都出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢などを経験し、20歳の時にAV女優デビュー。大学院卒業後は日本経済新聞社に入社し、都庁記者クラブや総務省記者クラブなどで5年半勤務。退社して著述家に。大学院での修士論文が2013年に『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』として書籍化。近刊に『非・絶滅男女図鑑 男はホントに話を聞かないし、女も頑固に地図は読まない』がある。世相や男女・人間関係を独自の視点と文体で表現するコラムやエッセイが話題を呼んでいる。

 

 

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