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作家・鈴木涼美が語る「師・福田和也のまなざしと本音」

初選集『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』刊行に寄せて

 

 全三巻予定だというコレクションの一巻目を飾る本書は、本を読むということに纏わる文章を、福田和也の仕事のあり方がそうであるように、享楽的な乱雑さを残したまま、「なぜ本を読むのか」「批評とは何か」「乱世を生きる」の三部に分けて収録する。

 ドストエフスキーやバルザックの一つの作品について、その作者がどのように生きることと対峙したか、いかに愚かでみっともなく、痛みを伴った人間だったかをなぞりながら紹介する「ろくでなしの歌」が冒頭に収められているのは、本書にとっても読者にとっても重要なことだろうし、第三部にいくつか非常に若い人に向けた「どう生きるか」についての文章が収められていることも示唆的なのである。

 そして序盤ほど歯切れがよく、終盤になればなるほど少し重苦しい。 ドストエフスキーの小説を「最悪の厄介者が書いた文章として読むべき」と言い、バルザックの「谷間の百合」を「意地が悪く始末の悪い、恐るべき透徹の書」と呼ぶ筆致は迷いなく堂々としていて、「N君へ」のなかで「人生が現在によってだけ成り立っているのではないことを弁える、 感じる」ことを説く時には、慎重に迷いながら、照れてすらいる。

 

 思えば福田和也教授の授業ほど、ノートが取り難いものはなかった。文芸評や作家論を書く時にはあれほど饒舌かつ親切なのに、壇上で喋る姿は懇切丁寧とは言えない。

 大学の学部生なんて、半分は予備校生の延長のようなところがあり、講師陣はパワーポイントや板書、レジュメを使って「お勉強」をサポートする。

 私は研究室で彼の指導を受けていたこともあり、学部時代には彼が開く多くの授業を履修したが、彼の授業でとったノートには乱雑に固有名詞がメモされるだけで、「お勉強」の書き込みは皆無だ。「たとえばシャンプー・プラネットの舞台の街なんかもそうですけど」とか「初期のブライアン・イーノと同じ理由で」とか、広範囲から乱暴に出てくる引用や喩え話、大量に挟み込まれる固有名詞の中から、自分がその意味するところをいまいち把握していないものや、未読の小説などのタイトルを手早くメモっておいて、後で図書館に行ったときに何げない顔でこそこそ調べて、次の時からは知ったような顔をする。福田和也の授業体験とはそのようなものであった。

 研究室はさらに生徒の中で沸き起こる偶発性に重きを置いたものであったけれど、やはり守備範囲の広い固有名詞だけは先生が撒き散らかし、生徒がこそこそと拾った。

 私はこの、教える、ということに関してずっと逡巡しているような、前向きなのに懐疑的であるような姿勢が、福田和也の文芸への、音楽や映画や美術への、そしてその作り手たちへの、絶え間ない、異常なまでの愛情と関係しているのではないか、という感想を持っていた。

 そして氏の書いてきたものの大きな一角を網羅した本書を手に取って、再びそのような予感を持っている。

 

次のページ教えたことからはみ出た人間の過剰なところにしか本来的な意味での価値などない

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