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コロナ禍・経済不安……自分を作る「かけがえのない本」を見つけるには【福田和也の読書論】

“知の怪物”が語る「生きる感性と才覚の磨き方」


コロナ禍、またそれによる経済不安で自殺者が増えているという。

国立成育医療研究センターの報告によれば、高校生の3割が「うつ症状」が見られ、子どもたちの不安やストレスが深刻化しているとも。

そしてほとんどの大学がオンライン講義で対面講義再開の目処は未だ立っていない。

学生たちにとってはとくに生きづらい時代なのだろう。

ゆえに今だからこそ、自分と向き合い、自分を作る真の読書を薦めるのが文藝評論家にして慶応義塾大学教授の福田和也氏。このたび待望の初選集『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』の刊行が迫るなか、珠玉の読書論を通して、“不穏な時代を生きる感性と才覚の磨き方”を語る。第2弾。


 

 

■「鑑賞」に潜在するスノビズム

 

 これは人から聞いた話なので、一応、実在の人物、団体とは関係がない話として読んでいただきたいのですが、出版関係者が、あるクライアントの関係で京都に旅行をしたことがあるそうです。その折、訪れた高名な枯山水の石庭の前に、業界でもそれと知られた、最高にファッショナブル(だという噂です、私はお目もじしていないので)な女性編集者が、四十五分間正座をして石庭を眺めていたという。

 その話を私にしてくれた人は、大変感心をして、「あの人はスゴイ」というのですが、はたしてそうなんでしょうか。いや、ある意味でスゴイ、とは私も思いますけどね。

 まあ、瞑想をされていたのかもしれないのですけれど、いわゆる鑑賞であるのならば、四十五分はいかにも長い。長すぎる。昭和屈指の絵画の目利き洲之内徹(すのうちとおる)は、一秒もかからず作品を観尽くしたといわれていますが、それは名人上手の話としても、多少集中力を発揮すれば、数分あれば、観ることができます。

 それを、四十五分も正座しているというのは、どういうことなのか。正座が長くできることをアピールしているのか。まあ、とにかく観ているのではないですね。観ているのではなくて、石庭の前にずっと座っている、その自分を観ているというか、気に入っている、もっというと、酔っているのだと思います。

 これはなかなか大事なことですね。というのは、あらゆる鑑賞行為には、こうしたスノビズムとナルシシズムがつきまとうからです。そしてこのスノビズムー—気取りと演出——によって、その人の人格のすべてが時に判断されてしまう。石庭の前に四十五分も座っていて、なんて内面が充実した人だろうと考える人もいれば、アホらし、何を考えているんだ、と思う人もいる。

 こういうスノビズムの作用というのは、もちろん読書にも、非常に強く現れるものです。フランスの元祖料理研究家ブリア・サヴァランは、その名著『美味礼賛』(白水社)のなかで、「君が何を食べているかをいいたまえ、私は君が何ものかいい当てよう」と書いていますが、それは書物についてもいえることです。何の本を読んでいるか、愛読し、好んでいるかというところに、その人の内面が、全人格が現れてしまうところがあるのです。

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福田 和也

ふくだ かずや

1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。93年『日本の家郷』で三島由紀夫賞、96年『甘美な人生』で平林たい子賞、2002『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢』で山本七平賞、06年『悪女の美食術』で講談社エッセイ賞を受賞。著書に『昭和天皇』(全七部)、『悪と徳と 岸信介と未完の日本』『大宰相 原敬』『闘う書評』『罰あたりパラダイス』『人でなし稼業』『現代人は救われ得るか』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『総理の値打ち』『総理の女』等がある。

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