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「この世から消えてほしい上司」を排除させる対話術とは【福田和也】

福田和也の対話術

 

■真意を見せぬ物腰

 

 かなり刺激的なお世辞について述べてきましたが、もっとソフトな、柔らかいお世辞というものもあります。

 柔らかい、というと解りにくいかもしれません。より具体的に云えば、どうでもいい、ということになるのでしょうか。

 どうでもいい、と云うと、まったく無駄なというか、注意を払うべくもないことと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。むしろ、攻撃のお世辞などよりも、余程大事なことです。

 大体世の中は、ほとんどがどうでもいいことで出来ています。どうでもいいこと、と云うと無責任のように思われるかもしれませんが、特筆すべき意味も、印象もないこと、と云えばいいでしょうか。

 ちょっと昨日の、あるいは先週のある一日を思い返してみて下さい。その中で、すぐに思い出す出来事なり、印象なりというのは、かなり少ないのではないですか。

 今さら云うまでもないと思いますが、人はほとんどの時間を、特に意識するほどでもない、無意識的に送られる日常性のなかで過ごします。

 ところが、これも少し考えていただければ解ることだと思いますが、その日一日を過ごしての気分というか、全体的な印象の良し悪しというのは、何らかの特記すべき事態によって形作られるのではなくて、むしろ記憶にすら残っていないような些事(さじ)の連鎖によっているのではないでしょうか。

 といった認識に立つならば、自(おの)ずとお世辞についても、かようなアプローチにふさわしい、雰囲気を醸成するようなタイプの使い方がある、ということが解っていただけるのではないかと思います。

 挨拶の受け答えのなかで、単なる社交辞令とは異なった形で、しかしまた特に強く強調するわけでもなく、服装とか容貌とか、あるいは最近のその人の行動や活動を称賛する。しかしその称賛は、あくまでも会話や行動の流れを断ち切らないものとして、なされなければならない。

 と云うと、単なる潤滑油みたいなものだと思うかもしれませんが、それだけではありません。こうした軽い言葉が、相手のあなたにたいする全般的な印象を決定することは、往々にしてあることです。単純な相手ならば、あなたの称賛に気持ちをよくし、もっとあなたに会う機会を増やしたい、長時間しっかりと褒めてほしい、などという妄想を膨らませるでしょうし、やや考え深い相手であれば、なぜこの人は自分をこのように褒めるのか、その魂胆は何なのかと、ごく軽い警戒感を抱くでしょう。

 せっかくお世辞を云って、警戒をされては仕方がない、と思われるかもしれませんが、世の中はそう単純ではありません。

 世間で暮らしていくためには、周囲に適度の緊張感を維持するのは、大変大事なことです。油断させて、無警戒にしておくべき相手もいますが、一般には適度に警戒をさせた方がよろしい。つまり、この相手に迂闊(うかつ)なことを云ったり、やったりすると、とんでもないことになるのではないか、恥をかかせられるのではないか、しっぺ返しを食うのではないか、などという印象を与えておくのは、大事なことです。

 特に現在のように、職場などが経済情勢などによってともすれば荒廃した雰囲気にある場合は、なおさらそのような緊張感を与えることが大事ですね。つまらないいやがらせを受けたり、あるいは配転、さらにはリストラの対象などにならないためにも、ある程度の緊張感を相手にもたれるということが必要です。

 緊張感をもたせるにも、いろいろなやり方がありますね。凄(すご)む、脅す、能力やコネなどをひけらかす、といったやり方が一般的ですし、もちろんケース・バイ・ケースで、これらのやり方は、大きな効果を発揮するとは思いますが、いずれにしてもかなりストレートであって、場合によっては激しい反発を引き起こすことも少なくありません。

 それに対して、お世辞による警戒というのは、相手が相応に意識的であり、敏感である場合に限るとはいえ、表面的には問題化しにくいという特性があります。第三者からも、多少不審の目で見られる場合があったとしても、問題として捉えられる可能性は低いものです。

 ただし、この方法は、相手を選ぶとともに、かなり高等な技術を必要とします。こういう話は、あまり漠然としていても話が通じにくいので、例をあげて話させていただくと、ソニーの音楽ディレクターで、酒井忠利さんという方がいます。あの山口百恵を育てたとかいう。あの人がテレビに出ているのを見ていると、いかにも心にもないという感じの賛辞ばかりを喋っていますね。タレントの誰それは素晴らしいとか、感動しましたとか、努力に敬服します、とかばかり云っている。

 けれどそれが、いかにもテレビ的な当たりさわりのない発言とか、迎合した言葉、というように見えないのです。

 一つ一つの発言が、心にもないものであるということは、はっきりしているのですが、ぜんぜん間抜けに見えないし、軽薄にも見えない。自信に満ち、落ち着いた表情でお世辞を口にする姿からは、何とも云えない存在感が浮かんできます。

 こういう人は、何を考えているか解らない、怖い人だ、という感じが伝わってきますね。

 きっと彼の部下なり、スタッフも、彼にたいしてはかなり緊張をもって接しているのだろう、と想像されます。怒鳴り声一つ上げずに、場を引き締められるのであれば、これはたいしたものですね。

 どんなに大声を出しても、あるいは乱暴な言葉をはいて叱咤(しった)をしても、自分のスタッフを掌握し、緊張感を醸成することの出来ない人はたくさんいます。

 柔らかな物腰で、心にもない言葉を発しながら、周囲を緊張させることが出来れば、こんなにエレガントなことはないのではないでしょうか。

『福田和也コレクション1:本を読む、乱世を生きる』の本文から一部抜粋)

 

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福田 和也

ふくだ かずや

1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。93年『日本の家郷』で三島由紀夫賞、96年『甘美な人生』で平林たい子賞、2002『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢』で山本七平賞、06年『悪女の美食術』で講談社エッセイ賞を受賞。著書に『昭和天皇』(全七部)、『悪と徳と 岸信介と未完の日本』『大宰相 原敬』『闘う書評』『罰あたりパラダイス』『人でなし稼業』『現代人は救われ得るか』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『総理の値打ち』『総理の女』等がある。

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