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19年ぶりの最下位にも、山本昌が見たドラゴンズへの光明

古巣・ドラゴンズの停滞。OB山本昌はなにを感じたのか。

Q.古巣・中日ドラゴンズが最下位に沈んでしまった原因はなんでしょうか。

 中日ドラゴンズのOBとしては、19年ぶりに最下位となってしまったのは悲しいですし、「強い中日がまた見たい」と正直に思います。

 最下位となった原因を挙げるとすれば、やはりファンの皆さんや評論家の方々がおっしゃるように、「世代交代」が円滑に進まなかったのでしょう。昨年引退した和田一浩選手をはじめ、荒木雅博選手、森野将彦選手と、中日が強かった時代の主力選手たちが結果を残し続けた。したがって、首脳陣としても世代交代のタイミングが難しかったこともあるでしょうから、それも一概に言い切ることは難しいです。

 ただし、若手が台頭してこなかったのも紛れもない事実です。

 世代交代というのは、首脳陣が英断する場合もありますが、一番は若い選手たちが結果を出して変えていくものです。OBとして厳しい言葉を述べるのであれば「若い選手たちの頑張りが足りていない」と言わざるを得ません。

 野手ならば、その筆頭は5年目の高橋周平選手です。5月の試合で右手を骨折した。これはプレー中のけがなので仕方がありませんが、彼の優れた野球センスとポテンシャルを考えれば、もっと早くレギュラーになってもいいはず。長打もありますから、迫力のある打者に成長してもらいたいものです。迫力という意味では、10年目の福田永将選手も期待の大砲候補です。今季ようやく10本塁打の大台に乗せましたから、そこで満足せず20本、30本打つための努力をしてほしい。

 外国人打者の存在もカギとなるでしょう。新外国人のビシエド選手は、4月こそ3割4分7厘、9本塁打、23打点で月間MVPを獲得しましたが、その後は相手チームに研究され、最終的に22本塁打に終わりました。彼の日本の野球への適応、そして希望を挙げれば、ビシエド選手クラスの打者を獲得することができれば、打線に厚みが出るでしょう。

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山本 昌

やまもと まさ

1965年8月11日、東京都生まれ。神奈川・日大藤沢高から83年秋のドラフト5位で中日ドラゴンズに入団。プロ5年目、88年の米国への野球留学をきっかけに飛躍し、同年8月プロ初勝利。以後はスクリューボールを武器に活躍する。93年に最多勝利、最優秀防御率のタイトルを獲得すると、翌94年には連続最多勝利と沢村賞に輝く。97年にも最多勝利。2006年9月16日対阪神戦でプロ野球史上最年長の41歳1カ月でノーヒットノーラン、08年8月4日の巨人戦で史上24人目となる通算200勝を樹立。通算581試合に登板し219勝165敗。


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