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みんな新しいものが好きだった。【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第18回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第18回


森羅万象をよく観察し、深く思考する。新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白くなる――。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。 ✴︎BEST TIMES連載(2022.4〜2023.9)森博嗣『静かに生きて考える』が書籍化(未公開原稿含む)。絶賛発売中。


 

 

第18回 みんな新しいものが好きだった。

 

【これまでになかったものの魅力】

 

 古いものと新しいものを比べたら、誰だって新しいものを選ぶ、というのは常識だろうか。日本人には特にその傾向が強いようだ。食べるものは新鮮な方が良い、料理は出来たてじゃないと駄目、自動車は新車、今年流行のファッション、などいろいろ考えても、だいたいは新しいものに飛びつく傾向が窺える。

 僕も、若い頃はそうだったように思う。メーカがなにか新しいものを製品化すると、それが欲しくなった。特に、技術的な革新がなされた新製品に魅力を感じた。

 子供の頃は、ただTVや雑誌で見るだけで、自分のお小遣いでは買えない。憧れるだけで終わり。ただ、どうせ買えないのだから、高価なものにまで興味を持つことができた。水陸両用の自動車だとか、テレビ電話だとか、あるいは未来志向の住宅なんかも。自分なりにいろいろ想像を膨らませ、考えるだけで面白かった。

 大人になって、家庭教師のバイトで自由になるお金ができた。その頃、SONYのウォークマンを買った。最初のウォークマンではなく、カセットケースと同じサイズの超小型で薄型のウォークマンだ。24歳のときに一人でアメリカとカナダへ行ったとき、これを持って行ったのだが、空港のチェックで「これは何だ?」と係員に質問され、テープレコーダだと答えても信じてもらえなかった。そんなに小さな再生機はまだなかったからだ。何を聴いていたかって? レッドツェッペリン、クイーン、ジェネシス、パティ・スミス、ボブ・ディランなどで、日本のミュージシャンではない。

 携帯電話も、出始めた頃に無理をして買った。仕事では全然必要がない、かける相手もいない、しかも、ネットができないのに、である。出張しているときにメールが読めたら良いのに、と思っていた。ノートパソコンがまだ重すぎる時代だった。

 iPhoneが発売になったときも、誰よりも早く購入した。ようやく、メールが読めるようになって満足。今から15年ほどまえのことだ。

 自動車も、CVCCとかVTECとか、新しい技術が登場すると乗ってみたくなった。開発した人が凄いな、と感じられるものが好きだ。自分が研究者だったから、よけいにそう考えたのかもしれない。

 一ついえることは、僕が新しいものを欲しいと思ったのは、それを他者に見せたいからではない。これだけは断言できる。それに、他者が持っている新しいものを羨ましいと思ったこともない。ただ、自分の考えで、「これは凄いな、それを作った人間が凄い」と感じたかったからである。

次のページ人はいつも新しいことを考えようとする

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✴︎森博嗣 新刊『静かに生きて考える』発売忽ち重版!✴︎

 

 

森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。

 

 

 世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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