学生や新入社員を過保護に扱う社会とは? 彼らをアプリのように「バグ修正」しようとするその先には・・・【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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学生や新入社員を過保護に扱う社会とは? 彼らをアプリのように「バグ修正」しようとするその先には・・・【仲正昌樹】

無駄なパターナリズムの背後にある「人間」観に注目せよ!

 

◾️「高度専門職業人の体系的な養成」が究極的な目標?

 

 大学も教育機関である以上、学生の行動をある程度フォーマット化するのは当然だという見方もあるだろう。私も基本的にそう思うが、あくまで授業の範囲内での話である。教師は、授業の場の秩序を保つ責任があり、その限りで学生を指導するが、授業と直接関係ないことにまで介入するのはおかしい。特に、個人的な悩み事とか、日常生活のパターン、将来のヴィジョンなど、学生のプライベートな事柄や幸福に関わることには、あまり干渉しないように注意すべきだ。他者危害原理は、他人に迷惑をかける可能性が低い私的な度合いが強いことであるほど、本人に任せるべきことを含意している。

 プライベートに干渉すると、ハラスメントになるはずであり、現にセクハラなどに関してはだんだんやかましくなっているが、その半面、「学生が悩まないようにアドバイスする」という名目のもとで、余計な干渉が推奨されている。干渉してよいのは、教師と学生の間に個人的な信頼関係ができあがっている場合に限られる。そうした信頼を醸成するための統一的なやり方を大学が強制するのはおかしい。しかし、学生を正常な状態に保つように管理することが優先されているのである。

 私が大学生になった四十数年前には、高校までは教室で学ぶ子供なので、行動パターンをフォーマット化するのは仕方ないが、大学生はもう大人なので自分で判断できるはずだし、いくら他人である教師が頑張ってもフォーマット化しようがない、と言われていた。ところが、今では、高校までの段階をはるかに超えた、高度に規格化された製品にしないといけないかのように言われている。「高度専門職業人の体系的な養成」が究極的な目標として掲げられるようになった。

 企業も、エントリー・シートというフォーマットに当てはまる人材を求め、OJT計画書と呼ばれるものに即して、どの状況でどういう行動が期待されるかを予期し、その通りに行動できる「人材 human resources」――「人材」は人間を「材料」と見なす言葉であり、〈human resources〉は人間を「資源 resources」と見る言葉である――へと育成する社員研修を「プログラム」化するようになっている。少なくとも、合理的なOJTを行っていることを売りにしている企業は増えている。

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✳︎重版御礼✳︎

哲学者・仲正昌樹著

『人はなぜ「自由」から逃走するのか』(KKベストセラーズ)

 

「右と左が合流した世論が生み出され、それ以外の意見を非人間的なものとして排除しよ うとする風潮が生まれ、異論が言えなくなることこそが、
全体主義の前兆だ、と思う」(同書「はじめに」より)
ナチス ヒットラー 全体主義

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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