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リスキリングを追いかけて「使い捨て人材」にならないように、知っておくべきこと《前編》【大竹稽】

〜デジタルは「ないと困る」思考の「知識だけ」人間を製造し使役する〜

 

◾️今すぐ「役に立つ知識」は本当に窮地を救うのか?

 

 『姥捨山』という昔話を読んだことがあるでしょう。

 長野に伝わる民話とも言われていますが、『大和物語』や『日本霊異記』にも類例があります。あなたが読んだストーリには、きっと「智慧」によって国を救われるシーンがあったでしょう。もともと日本に伝来する前から仏教には「棄老国縁」という説話がありまして、こちらには智慧で国を救う老婆が登場します。これが姥捨山伝承のオリジナルになっているという研究もあります。

 どうしようもなく根づいてしまった貧しさゆえに、口減らしというルールが続いていた地方もあったでしょう。「口減らし」は、なにもおじいさんおばあさんに限ったことではありません。ただこの物語で山に棄てられるのは老人たち。

 主人公の母は、その土地のルール、侵し難い習慣によって山へ棄てられることになります。しかし、息子は無性に悲しく、母を家に連れ帰ってしまいます。しばらくすると国がピンチになります。隣国からの無理難題。国のその窮地を救ったのが、おばあさんの智恵でした。

 「灰で縄を作る」

 「曲がりくねった竹に糸を通す」

 「打たずになる太鼓を作る」

 さて、役に立つ知識では、この難題は到底解けないでしょう。「灰の縄」なんて役立たず。曲がりくねった竹も役に立ちません。あ、でも打たずになる太鼓は面白そうですが、でもやっぱり叩かないと太鼓にはなりませんよね。

 智恵なるものは大抵、役に立つ立たないを超えたところに生まれるのです。知識は「ないと困る」ものですが、知恵は「なくてもなんとかなる」のです。ですから、隣国からの脅しがなければ、おばあさんの智慧は全く意味のないものになるでしょう。しかし、もしその国が、「役に立つ知識」だけの人間が構成していたら、確実に滅んでいたことでしょう。

 この説話をモチーフにした深沢七郎の『楢山節考』は、日本全国を大きな感動で包み込みました。

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大竹稽

おおたけ けい

教育者、哲学者

株式会社禅鯤館 代表取締役
産経子供ニュース編集顧問

 

1970年愛知県生まれ。1989年名古屋大学医学部入学・退学。1990年慶應義塾大学医学部入学・退学。1991年には東京大学理科三類に入学するも、医学に疑問を感じ退学。2007年学習院大学フランス語圏文化学科入学・首席卒業。その後、私塾を始める。現場で授かった問題を練磨するために、再び東大に入学し、2011年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程入学・修士課程修了(学術修士)。その後、博士後期課程入学・中退。博士課程退学後はフランス思想を研究しながら、禅の実践を始め、共生問題と死の問題に挑んでいる。

 

専門はサルトル、ガブリエル・マルセルら実存の思想家、モンテーニュやパスカルらのモラリスト。2015年に東京港区三田の龍源寺で「てらてつ(お寺で哲学する)」を開始。現在は、てらてつ活動を全国に展開している。小学生からお年寄りまで老若男女が一堂に会して、肩書き不問の対話ができる場として好評を博している。著書に『哲学者に学ぶ、問題解決のための視点のカタログ』(共著:中央経済社)、『60分でわかるカミュのペスト』(あさ出版)、『自分で考える力を育てる10歳からのこども哲学 ツッコミ!日本むかし話(自由国民社)など。編訳書に『超訳モンテーニュ 中庸の教え』『賢者の智慧の書』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)など。僧侶と共同で作った本として『つながる仏教』(ポプラ社)、『めんどうな心が楽になる』(牧野出版)など。哲学の活動は、三田や鎌倉での哲学教室(てらてつ)、教育者としての活動は学習塾(思考塾)や、三田や鎌倉での作文教室(作文堂)。

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