11人きた!【新保信長】「食堂生まれ、外食育ち」44品目
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」44品目
「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【44品目】「11人きた!」をご賞味あれ!
【44品目】11人きた!
その日は実家の用事で大阪に行き、実家近くのホテルに泊まった。実家といっても自分が住んでいた店舗兼住宅はもう売却して別の店になっていて、今は米寿の母が近くのマンションに一人で住んでるだけなので、スペース的にも利便性や快適性の面からもホテルに泊まることにしている。
もろもろの用事を済ませてホテルにチェックインし、さてどこかで一杯やろうと思ったが、その界隈はオフィス街で、しかも日曜日だったので飲食店も閉まっているところが多い。以前に入ったことがあるホテルの真向かいのワインバーも今日はお休み。チェーン店なら開いてそうだが、どうせなら新しい店を開拓したい。ちょっと足を伸ばして繁華街まで行けばいくらでも店はあるものの、わざわざ行くのは面倒くさい。
そんなこんなで、「近くで開いてるいい感じの店はねがー?」と検索したら、泊まってるホテルの地下に深夜までやってるカフェバー的な店があるらしい。灯台下暗しとはこのことか。同ホテルには何度も泊まっているが、その店はホテルとは経営上の関係はなくテナントとして入っているだけで、ホテルの案内には載ってないためスルーしていた。
よっしゃ行ってみるか、と地下に下りる。が、店の看板はあるものの、入口がわからない。営業してるのかどうかもイマイチ不明。えー、どっから入るねーんとまごまごしてたら、壁かと思ってたところがいきなり開いた。うわっ、バブルの頃、こういう店あったよな……と思いつつ足を踏み入れたら、秘密の通路みたいな曲がりくねったアプローチがあり、ようやく店内にたどり着く。
なんちゃってアンティーク風の広い店内には、カウンター、テーブル席、ソファー席がある。あとで調べたら80席もあって、奥には個室もあるらしい。が、目に入る範囲に客の姿はなく、フロアのおねえさんに思わず「やってますか?」と聞いてしまった。「ご予約ですか?」と聞かれて「いや……」と言うと「何名様ですか?」と聞くので「一人です」と答えると、「こちらへどうぞ」とカウンターに案内された。
何はともあれ、まず生ビール。そこそこ腹もへっていたので、フードメニューから野菜スティックとソーセージを頼む。野菜スティックは、バーニャカウダソースと藻塩添え。ソーセージはプリプリの細身のやつが4本にサニーレタスとプチトマト添え。ケチャップとマスタードが付いてきたのがうれしい。
ビールはあっという間に飲んでしまい、グラスの白へ。ほかに客もいなくてヒマそうな若いバーテンダーのにいちゃんに「どちらからいらしたんですか?」などと定番の質問をされる。「東京からなんですけど、この上のホテルに泊まってて」と言うと、「あ、そうなんですねー」と納得顔。確かに、一見の一人客がふらりと入る感じの店ではないので、「何だこいつ?」と思われていたのかもしれない。
「ご旅行ですかー?」「いや、もともとこっちの出身なんですけど、ちょっと実家の用事があって……」などと当たり障りのない会話をしながら、飲んで食う。こういうどうでもいい雰囲気は嫌いじゃない。今日はもうホテルの部屋に帰って寝るだけなので気楽なものだ。白ワインのグラスもすぐに飲み干してしまい、おかわりをもらう。やはり1杯目より少し盛りがいい気がする。酒飲み認定(【42品目】参照)されただろうか。
2杯目を飲み終わる頃には、野菜スティックとソーセージもほぼ食べ終わり、まだちょっと物足りない感じだったので、メニューを手に取り検討する。……と、そこに新たな客がやってきた。若い男の2人組だ。例によってフロアのおねえさんが「ご予約ですか?」と聞く。「予約はしてないんですけどー」という男の言葉にやや食い気味に「何名様ですか?」とかぶせるおねえさん。カウンターは入口近くなので、やりとりが全部聞こえる。
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