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スマホがなかった時代【新保信長】『食堂生まれ、外食育ち』39品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」39品目


「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。いつかあの時の〝外食〟の時空間へーー。それでは【39品目】「スマホがなかった時代」をご賞味あれ!


イラスト:おくやま ゆか

 

【39品目】スマホがなかった時代

 

 今や時代はスマホである。かつて菅原文太が「時代はパーシャル!」と言っても大してパーシャルじゃなかったが、今は「パーシャルって何?」と思った人もスマホでググればすぐわかるぐらいに「時代はスマホ」なのである。電車の中でスマホをいじってない人を探すほうが難しいぐらいに、猫も杓子もスマホ。杓子はともかく猫がスマホで自撮りした写真をツイッターとかで見ることも少なくない。

 飲食店でも、一人客はほとんどがスマホをいじっている。カップルが無言でスマホをいじってる光景も珍しくない。グループでキャッキャ言ってると思ったら、インスタ映えする料理をスマホで撮っていたり、とにかくスマホがないと話にならない。かく言う私も、この連載を始めてから、何を食べたかの記録のため料理の写真を撮ることが増えた。料理が出てくるまでの待ち時間にツイッターを眺めたり、プロ野球の途中経過を確認したりもする。

 では、スマホのなかった時代はどうしてたか。学生やサラリーマン相手の定食屋やそば屋や中華屋なら、たいてい新聞や週刊誌、マンガ雑誌が置いてあったので、それを読む。喫茶店なんかだと、マンガの単行本がズラーッと並んでいたりして、思わず長居してしまうこともあった(今のマンガ喫茶やネットカフェとは別物です)。回転率が悪くなって大変そうだが、昔の喫茶店はコーヒー1杯で2時間やそこらいるのは普通だったから、「マンガがたくさんある」というのは、それはそれで店のウリになっていたのだろう。

 ウチの実家の食堂でも、新聞3紙、スポーツ新聞2紙、週刊誌2~3誌ぐらいは常備していた。父親が定期購読していた「小説新潮」「リーダーズ・ダイジェスト」を月遅れで店に出したり、客が置いていったマンガ雑誌をそのまま並べたり、かなり適当な運用がなされていたように思う。

 私は私で、当時毎週買っていた「少年ジャンプ」を、読み終わり次第10円とかで買い取ってもらったりした。さらにお金がないときは、単行本も買い取ってもらっていた。なので、オフィス街の食堂なのになぜか『ワイルド7』や『キャプテン』が並んでいたりもしたのである(そのとき売ったマンガはのちに買い直した)。中高生の頃は、夜中にこっそり店にある週刊誌のエロ記事やエログラビアを見るのが楽しみだったことも告白しておく。

 もちろん今でも新聞、雑誌、マンガが置いてある店はある。なかでも近年、チェーン店なのにマンガに力を入れているのが「ココイチ」ことカレーハウスCoCo壱番屋だ。「ITmediaビジネスオンライン」の記事(2016年9月14日配信「長浜淳之介のトレンドアンテナ」)によれば、ココイチは2010年頃から店舗の快適性向上を目的にマンガ棚を設置し、順次拡充しているという。店舗にもよるが、郊外の広い店なら4000冊ほども置いているらしい。

 そういえば下北沢にあったココイチにもマンガ棚があった。ビルの建て替えで閉店してしまったが、『ワンピース』などの大ヒット作に交じって、妻(漫画家の松田奈緒子)が下北沢を舞台に描いた(けどあまり売れなかった)『東北沢5号』も置いてあって目頭が熱くなったのを覚えている。注文したらすぐ出てくるココイチでマンガを読む時間ある? とは思うが、店側がそういう方針なら食後にコーヒーでも飲みながら、じっくり読んでもいいのだろう。

次のページ飲食店が客に提供するもうひとつの付加価値的サービスがテレビである

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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