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スマホがなかった時代【新保信長】『食堂生まれ、外食育ち』39品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」39品目

 

 そして、飲食店が客に提供するもうひとつの付加価値的サービスがテレビである。スマホやインターネットがなかった時代、テレビは娯楽の王様だった。高級レストランなどを別にすれば、町の飲食店にはテレビがあるのが普通。いや、新聞・雑誌・マンガ同様、今でもテレビのある店は結構多いが、昭和の時代は注目度が違った。

 ウチの店でも、店内奥の角っこの高い位置に、当時としてはまあまあ大型なテレビが鎮座していた。背を向けた席の場合は振り返る必要があるが、基本的にどのテーブルからでも見える配置だ。2階の住居部分にもテレビはあったので、店のテレビで何かを見るということはほとんどなかったが、いかにも昭和な光景が脳裏に刻まれている。

 夏休みも後半の昼下がり。プールか何かから帰ってきたら、店の様子がいつもと違う。何人かの客が立ち上がって一方向を見つめているのだ。後方には出前持ちのにいちゃんなんかもいる。みんなの視線の先にはテレビ。高校野球の決勝だか準決勝だかで人気校同士の白熱した試合が展開されていたのである。

 まるでニュース映像などで見る街頭テレビのようだった。今ならスポーツバーで飲みながらみんなで大画面で観戦して盛り上がるというスタイルもあるが、そういう観戦目的で集まるのとは違って、たまたまメシを食ってた人が釘付けになるというのがすごい。そこまで盛り上がらないまでも、プロ野球とか大相撲をメシを食うのも忘れて見入っている客の姿を見かけたことは何度かある。

 令和の今、そこまで熱心にテレビを見る人はあまりいない。が、近所の家族経営のそば屋では、忙しいランチタイム以外は客よりむしろ店の人たちがバラエティ番組を楽しそうに見ている。同じく近所のカウンターのみの洋食屋では、客席に向けたテレビの前に鏡を設置し、厨房の側にいる女将さんが画面を見られるようにしている。ランチタイムには行列ができる人気店で、食べたらすぐ出るしかないので誰もテレビなど見ていない。つまり、テレビは女将さんのためにあるわけで、もう向きを変えればいいのにと思うが、そうなるとテレビを設置する大義名分がなくなるということなのか、そのスタイルを堅持している。

次のページ個人的にはテレビはもうほとんど見ない。子供の頃はアホほど見てたのに・・・

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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