かわいそうな寿司屋とその弟子【新保信長】『食堂生まれ、外食育ち』37品目
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」37品目
ところが、ある日、その男子の腕毛がきれいさっぱり剃られていたのだ。きれいさっぱりといっても剃り跡はくっきり残っていて、青々しいというより痛々しい感じ。
客に「不潔だ」とでも言われたのか。人の好さそうな大将が「剃れ」と命令したとは思えないし、そんなことを言うぐらいなら最初から採用しないだろうから、やはり客からクレームがあったのだろう。腕毛が濃いことで現実に衛生上の問題があるのかどうかは知らないが、痛々しい剃り跡は清潔感より無情を感じさせた。
大将もいろいろ気の毒だが、その弟子もかわいそう。寿司はうまいが店の空気がほんのり気まずい。いや、そう思ってるのは私だけで、ほかの客は気にもしていないのかもしれない。そうでなければ、あんなに自慢話ばっかりしないだろう。
結局、私の行動範囲がちょっと変わって、その界隈にあまり足を運ばなくなったこともあり、その店にも行かなくなってしまった。
この原稿を書くに当たって調べてみたら、店はまだ健在の様子。人の好さそうな大将はお元気だろうか。今度、久しぶりに訪ねてみたい。あのかわいそうな弟子は、たぶんもういないと思うけど。
文:新保信長