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かわいそうな寿司屋とその弟子【新保信長】『食堂生まれ、外食育ち』37品目

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」37品目

 

 おっさんはその後も「俺がいかにすごいか」を語りまくり、ときどき思い出したように酒を飲み、寿司をつまむ。女子のほうは出された寿司をすぐに食べるのだが、おっさんがそんな調子なので、手持ち無沙汰な感じでウーロンハイか何かをちびちび飲んでいる。

 見ているこっちは、気が気じゃない。おっさんがその女子をどうにかしようとしているのは明らかだが、そんなことより早く食えよ、その寿司を。食わないんなら、俺にくれ。ていうか、隣の女子も「食べないんならもらっていいですかー?」とか言って食べちゃえばいいのに。あと、二人とももうちょっと酒を飲め!

 いやまあ、まったくもってよけいなお世話ではあるが、こういう店側にとってコスパの悪い客は、見ていて残念な気持ちになる。大将のほうも、せっかく握った寿司を放置されたら、いい気はしないだろう。頑固オヤジの店なら「さっさと食べな」「食わないんなら出てってくんな」ぐらいのことは言うかもしれないが、人の好さそうな大将は何も言わない。

 それでも味はいいので、一人でも夫婦でも何度か行った。しかし、どうにもいわゆる“業界人”っぽい客が多くて、会話が聞き苦しい。我々はパカパカ食ってグビグビ飲んでさっさと帰るのだが、しゃべってばかりであまり飲み食いしない客も多い。そうかと思うと、食通気取りでウンチクを語ったり、大将にやたらと話しかける輩もいる。気のせいかもしれないが、訪れるたびに大将の表情がだんだん曇っていき、時折ため息もついていた。

  が、それは客筋の悪さだけが原因ではない。カウンターに立つのは大将一人で、焼き物などは奥の厨房で弟子が担当するのだが、その弟子が粗忽者らしく、ちょいちょい焦がしたり落っことしたり、何かと失敗するのである(焦げくさかったりガチャンと音がしたりするのでわかる)。頑固オヤジなら「バカ野郎、何やってんだ!」と怒鳴りつけるところだろうが、人の好さそうな大将は「やれやれ」という感じでフォローのため奥に引っ込む。そんなことを繰り返していたら、そりゃため息もつきたくなるだろう。 

 厨房担当だけでなくフロア担当というか、客が帰ったあとに片付けて次の客用のセッティングをしたり、お酒の注文を聞いて出す係の弟子もいた。厨房と交代でやっているのか、少なくとも二人は見たことがあるのだが、そのうち一人が非常に毛深い男子だった。髭の剃り跡も青々しく、腕毛はぼうぼう。「毛深いなー」と思いつつも、普通に働いていたので特に気にはしていなかった。 

次のページところが、ある日、その男子の腕毛がきれいさっぱり・・・

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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