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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【12品目】おいしい味噌汁の条件

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」12品目

  はい、賢明な読者諸氏はすでにお気づきだろう。ウチの母は、ダシ入りでも何でもないただの味噌をそのままお湯で溶いていたのだ。正確には、①味噌をお椀に入れる、②味の素を振りかける、③お湯を注いで混ぜる、④とろろ昆布を入れる、というのがウチの母の味噌汁レシピ。ダシが入ってないんだから、おいしくないに決まっている。

  ちょっと調べたら、マルコメが業界の先陣を切って「だし入り料亭の味」を発売したのが1982年。私が大学に入学する前年である。マルコメの公式サイトによると、開発のきっかけは「お客様からの『おたくの味噌でつくったみそ汁は、ぜんぜんおいしくない』というクレームの電話だった」とか。しかも、「よくよく聞いてみると、その方はだしを取っておらず、味噌をお湯で溶いただけだったことが判明した」って、ウチの母と同じやーん!

  もちろん店で出していたのは、ちゃんとダシを取った味噌汁(赤だし)だったが、フロア担当で調理に関わらない母にはダシの概念がなかったのだろうか。まあ、私も母が味噌汁を作るのを見て、その手順に疑問を抱かず味噌のせいと思っていたのだから似たようなレベルだが、10年ほど前の正月に帰省したとき、『ダシの取り方』みたいな本が置いてあったのには驚いた。70代も半ばを過ぎて今さらダシの取り方覚えてどうすんだ。もうダシ入り味噌でいいんじゃないの?

  ちなみに、妻のお母さんも料理が好きではないらしい。共働きで忙しいなか、やむなく作っていたものの、全体的にあまりおいしくはなかったという。味噌汁は顆粒のダシの素を使っていてそれなりの味だったらしいが、話を聞いて感銘を受けたのは、お吸い物の作り方だ。①お椀にとろろ昆布を入れる、②お湯をかける、③しょうゆを垂らす。……それはおいしくないだろう。ウチの母の味噌汁に優るとも劣らない。

  そんな家で育った妻ではあるが、意外と料理好きである。もともと外食率の高かった我が家もコロナ禍で家飲みが増えた。前述のような料理しかしたことのなかった私も最近は結構いろいろ作る。もっとも、基本は酒のつまみなので味噌汁には縁がない。一方、妻はときどき自分の昼メシ用に味噌汁を作って食べたりしている。たまに私もご相伴にあずかるが、ちゃんとダシを取ったおいしい味噌汁だ。

  何しろ母の味噌汁がそんなんだったので、味噌汁に対する思い入れは特にない。が、お店で出てくる味噌汁がイマイチだと、やっぱりちょっとガッカリする。わりとよく行く近所の定食屋は、味も雰囲気も好きなのだが、味噌汁だけはイマイチなのだ。煮立てすぎなのか何なのか、風味やコクが飛んでしまっている感じ。

  お店自体は繁盛しているので、そう感じるのは私だけかと思ったら、近所のインド料理屋のシェフ(日本人)が「あそこは味噌汁がねー」と言うではないか。「あー、それは確かに」と相槌を打ちつつ、私の中でそのインド料理屋の味への信頼度がさらに上がった。そのうち味噌風味カレーとか出してくれないか、と密かに期待している。

 

文:新保信長

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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